アムネシア

母娘


  微妙な空気を醸し出しながらも大学近くで降ろして
もらって別れた。

 何を約束した訳でもないけれど来画さんとは多分
また近いうちに会うんだろう。

 友達は断られたから気になる異性のまま。
ここでも強く断れなくて曖昧にしちゃった。

 私が居ても来画さんにとって良いことなんて無いのに。

「それにしても意外とあっけない真相だったな…」

 あの誘拐事件は自分ともう1人が犯人でした。なんて、
普通はそんな話は隠しそうなものだけど。すんなり答えてくれた
のは相手が刑事だから?それともネタバラシしてでも息子を
 止めたいと思ったから、かな。

 誘拐された空白の時間は気になるけど今更何もならない。
 本日の講義を終えてレポートも無事提出。

 後は曽我さんの部屋に戻るだけ。

「実花里」
「お母さん!?」

 と思ったら何でお母さん?近くでロケでもあった?
でも母と運転手さんが居るだけで他のおつきの人は居ない。
 何時も一緒に居るマネージャーさんも居ない。

「乗りなさい」
「は、はい」

 説明が無いまま母親の車に乗せてもらう。
 中は広く座り心地も良い高級車。

「大学へ送ってあげようと思ったら貴方が居ないから探した」
「連絡をくれたら」
「詩流の部屋に泊まったんでしょう。あれだけ言ったのに」
「ごめんなさい」

 流石女帝。隠してもすぐにバレるんだ。
私の行動を逐一把握しているわけじゃないんだろうけど。
 こればかりは気に入らなかった様子。

「ヤッたの」
「……、ヤッてない。そんな理由じゃなくて。
ただ私が不安定になったからそばに居てくれただけ」
「不安定?私のもとに戻りたいなら帰ってらっしゃい」
「でもお母さん家に居ないから」

 香水の香りとしゃきっとした背筋。プロがセットする髪にメイク、
撮影があってもなくても同じくらいの水準だからどっちかは分からない。
 けど顔を見せてくれたことは非常に嬉しい。

 どんな気まぐれか、私を大学へ送ってくれようとしたのも。
 これで怒られなかったら最高に幸せな気分になれたのにな。

「寂しくて付き添ってほしくて男の部屋に上がりこんだの?」
「でもレポートに追われてて」
「言い訳は結構。貴方、詩流以外に居ないの?」
「仕事場で話をする人は居る。大学でも一緒に課題をする人も」

 全部女性だけど。

「貴方が心配。私が居なくなった後でもしっかり生きていけるか。
経済面では苦労はさせないけど、精神面はそうはいかない。
貴方はどうしてかその辺が脆いから」
「お母さんのせいでいい人見つかりそうだったのに駄目になった」
「何の話?貴方もしかしてそういう相手居るの?」
「守屋来画さん。昔、私が誘拐された時に一緒に攫われた被害者」
「……」
「私と一緒で一部の記憶が無くなってて。でも薄っすら私のことを
覚えていてくれて最近少しずつ会うようになった。
けど、家族の人が警戒して駄目になった」

 厳密には交流は続行になってるけど。未来は暗い。
 あの人は真面目で家族を蔑ろにはしないだろうし。

 何より疑われたままじゃ私も息が出来ない。

「その彼は今何をしてるの」
「警察官」
「へえ。……、あの小さい子がね」
「兄妹じゃないよね?」
「違うって言っても信じない方が悪いと思わない?ただ役作りの
取材で先生と2,3回食事に行っただけで泥棒猫扱いして」
「……」
「高名な夫が居ることだけが頼みで女としては私に何も勝てないって
劣等感が有りありで陰湿な目で見てくる鬱陶しい女だった」
「止めて。そんな言い方よくない」
「詩流から報告は聞いてる。貴方の周辺を嗅ぎ回ってたのもどうせ
あの女でしょう。もしこれ以上娘に何かあれば弁護士をたてて
徹底的に戦うと通達のお手紙を出してきた所よ」
「お母さん」

 なんてことを。反論しようと隣の母を見るとそっと唇を
指先で触れられて止められる。

「貴方は私の娘なんだから。もっと自信を持ちなさい」
「……」
「私を安心させて」
「もっとしっかりした仕事探したほうが良い?」
「実花里」
「……分からない。お母さんを安心させてあげたいけど」

 どうしたらいいのか分からない。
 教えてほしいのに誰も教えてくれないから。

「実花里にはまだ先を考えるのは難しいみたいね。
じゃあ、気分を変えて。久しぶりに私の撮影見学にくる?」
「うん。映画?ドラマ?」
「映画。詩流も出る予定」
「へえ」
「貴方に女優の才能があればね」
「ごめんなさい」
「無くても私の娘であることに代わりはないから、俯かないの。
良いこと実花里?もっと自分の人生を楽しみなさい。他人に気を使っても
何の得にもならない。誰に嫌われようと機嫌を取らなくていいの。
あんなのただの雑草だから。邪魔になれば刈り取ればいい」
「……」
「幸運にも貴方にはその力がある。忘れてしまっているだけで」
「分からない」
「だったら。貴方の忠実な騎士を無駄使いしないように有効に使いなさい」

 車がとまった。私の部屋かと思ったらきちんと曽我さんの部屋近く。
どうやら彼の部屋に戻ることに反対はしていないらしい。
 車を降りて振り返ったらもう居ない。あっという間の再会だった。



「お帰り。思ったより早かったね」
「送ってもらったので」
「……そう、なんだ」
「あ。そうだ。聞きたかったんです」
「なに?」
「車にえっちなDVDを置いてるのは男性あるある?」
「無いしその車には二度と乗らない」

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