アムネシア

妨害



「いや、君のお母さんとではないけど、事務所の新人。
元モデルらしい。どうしても売り出したいって言って」
「それでいきなり脱がされるの?」
「そこはダブルで」
「……貴方は脱ぐんだ」
「そうだね。上半身くらいは」
「見には行くけどその辺は絶対見ない」
「うん。見なくていい、ね」

 ラブシーン多めの役、殺される役、人を傷つける役、
毎回違う名前と世界で生きるお母さんの姿を幾つも見てきた。
正確にはその部分は印象に残さないように時折手で隠しながら。
 気づいたら曽我さんも同じように一部見ないようにしてた。

 お母さんの撮影現場見学は絶対に行きたい。

 けど、そのシーンは絶対に近寄らないようにしないと。
 もしかしてお母さんは敢えて見せたかったとか?

  考えすぎかな。

「……」
「実花里」
「あ。うん。大丈夫。……そろそろ行かないと」
「いってらっしゃい」

 曽我さんの部屋に来てよかったのは、ちゃんと顔を見て見送って
もらうって悪い気はしないってことに気づけた事。

 言葉だけの見送りは今まで何度もあったけれど。
それも、お母さんじゃなくて家政婦さんたちの。
 女優の娘は普通とは少し違うのかも知れないけど。

 私の世界は狭いと改めて思った。 

 お仕事の間はそんな事を考えなくていいから高給ではない
けれどやってよかったと思う。
 冗談めかしてみたけど本当に花屋を営むのも悪くないかも。


「あの」
「いらっしゃいませ」
「私、守屋来花と申します」
「あ。…はい」

 呼ばれて振り返ると高校生くらいの可愛らしい女の子。
確実に来画さんの妹さんだよね。もしかしてお母さんが
弁護士を出すなんて言ったら怒ってる?

 店内では目立つので少し離れた所に移動してもらう。

「ご挨拶などもせず不躾ながら率直にいいます」
「……」

 それとも兄には近づかないでください。っていうよくあるやつ?

「兄には過去の記憶が欠けてるんです。それは、本人の為になるんです。
貴方と一緒にいるとその記憶が戻ってしまう。私はそれを止めたい。
勝手なことをいいますが貴方から兄をふってもらえませんか」
「私は何も。来画さんとはお知り合い程度で」
「でも兄は貴方に夢中になってる。きちんと話してくれないけど。
私には分かってるんです……」
「私の事を探っていたから?」
「その件に関しては二度とそんなことはしないと誓います。
母も同意してくれました。だから、私がお願いに参りました」
「あの、本人のためってどういう事なんでしょうか」

 私の事で巻き込まれて一緒に誘拐されたことならもう知ってる。
というか、お母さんから事情は聞いているんじゃなかったっけ?
 それ以上に何が欠けているの?妹さんを不安にさせることって?

「貴方も覚えがないんでしょう?だったら気にしないでください。
貴方に言いたいことは、貴方に関わると兄は破滅するって事です。
大事な家族ですから兄は私が絶対守ります」
「……」
「弁護士を立ててらっしゃるそうなので本来はもっと静かに
会話するべきなんでしょうけど。家族の問題だし、少し感情的に
なったかもしれないですけど。どうかこれでお察しください」

 彼女はそう言って深々と頭を下げる。

「……」

 大事な家族だから守りたい、か。良いなそういうの。
 私もいざとなったら守ってくれるんだろうか。

「分かってくださったと思っていいですか。母に報告しないと。
とても心配してて。…お兄ちゃんは話を聞いてくれないから」
「このことは来画さんは」
「知りません。でも後で伝えておきます。信じないだろうから
貴方から確りと言ってもらえますか。キツめでお願いしますね。
もう連絡しないでくれって。関わる気はないって」

 彼女は悪くない。ただ、兄を守りたいだけ。

 何から?

 
 ワタシ?


「だるい女。そんなに心配ならお兄ちゃんに首輪でも付けたら?
今さら来て私に命令しても聞くわけ無いし」
「……、それが貴方なんですか」
「来花!」
「お兄ちゃん!?」
「実花里さんから連絡を貰った。お前、彼女に詰め寄って何してる」
「ち、ちが」
「あの、ごめんなさい来画さん。私どうしたら良いのか分からなくて」
「良いんだ実花里さん。こいつの言うことは気にしないで」
「ま、待って違うって!」

 後ろに居る兄に近寄ろうとする妹の肩を掴み。
 私はその耳元でささやく。

「先に喧嘩売ったのアンタだし。カウンターは仕方ないよね」

 ビクンと震える彼女の体。でも反論はしてこなかった。
 兄の手前何も出来ないのは分かってたから。

「実花里さん」
「私は大丈夫なので妹さんとお話をしてください。
それで意見がまとまったら私に結論を」
「そんなの話す必要なんかない。俺の気持ちは変わらないから」
「……来画さん。あの、何だか取り調べられてるみたいで怖いので。
私、仕事に戻りますね!失礼します」

 ペコリと頭を下げて店へ戻る。何もなかったように。
その後兄妹がどうなったのかは分かってない。来画さんから謝罪の
 メッセージが来たけれど仕事中で読むのはだいぶ後になった。


 夜にきちんと会って話したいという事だったけれど先約があったので
 また次回にと伝えておく。

 妹さんは結局何が言いたかったんだろう?
 これ以上兄に近づくなという意志は汲み取れたけど。

 きちんと最後まで話をしたようなしてないような?
 

「自分で言うと凄く恥ずかしいけど。バレるリスクを背負いつつ
デート用に勝負服を着てきた人に対するリアクションは?」
「ごめんなさい。昼間にちょっと色々とあって」
「……あっそう。お忙しいね」
「私も気持ちおしゃれしてみたんですよ」
「お団子可愛いね」
「バレたらファンに殺されるリスクを背負ってるんだから」
「その前に私がぶち殺すから大丈夫。さ、行こう」
「はい」
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