アムネシア
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心地よい眠りのせいで髪の毛はボサボサ。
お肌は乾燥して喉もカラカラ。水分を補給しようと新しいお水を貰う。
ほんの一瞬の出来事だと思ったのに時間は過ぎ去っていた。
私の人生と一緒。気づいたら今。
鏡に映る自分の顔を見る度に現実を受け入れるしかない。
メイクというほどきっちりはしてないけど一応念の為に
トイレに行って見た目のチェックをして。
「曽我さんの彼女ってもっと美人だと思ったけど」
「まだ決まってないって。妹とか従姉妹とかかも?」
「だったら余計にショック。華麗なる一族って思ってたのに」
「それは流石に言い過ぎ」
「笑ってるくせに」
トイレのドアを開けて廊下に出ようとしたらそんな声がした。
顔を見てないけど先程の店員さんなんだろう。
「兄貴があんな美形じゃ生半可な顔じゃ生きてけないって」
「地味って思ったくらいだけどね」
「今更いい子ぶらないでよ。顔面格差スゴ!って駆け込んできた癖に」
声のトーンはそれほど落とさずに楽しげに笑って去っていった。
十分確認してから廊下に出て自分のいた部屋へと戻る。
「お帰り」
曽我さんはスマホチェック中。
「私そろそろ帰りますね」
「分かった。じゃあ行こう」
「ううん。1人で帰る」
「変な事を言うね。ここは君の家の近所じゃないよ」
でも私の言葉に手を止めてこちらを不思議そうに見つめる。
私は早足で椅子にあったカバンを取って出口へ移動。
「さっき廊下で店員さんが貴方のこと話してたから。
そろそろ出ないと広まりそうだし。一緒に居ないほうが」
「ここのオーナーとは付き合いが長いから話は漏れないよ」
「でも」
ああ、今すぐにでもこのドアを開けて走ってこの店から逃げたい。
そんな気持ちが行動にも現れるのか私の体は曽我さんに背を向け
視線はドアのノブへと向かっていた。
ここにこのまま居てもあの人達に笑いものにされるだけだ。
大事なことは曖昧な癖にしっかりと刻まれている過去の傷。
女優の子なのに何も出来ないとか可愛くないとか。
散々笑われて追い込まれて逃げるしか出来なかった。
今もそうだ。逃げたくて仕方ない。
「どうした?怯えてるみたいだ」
すぐ後ろに曽我さんの声。そして開けようとしたドアが閉められる。
「私はお母さんや貴方みたいに特別じゃない。普通でありたいのに。
皆がそうは思ってくれない。……思ってたのと違うからって笑わないで」
美人でも八頭身でも知的でもなんでもないありふれた普通の女だ。
それの何が駄目?
普通じゃ生存すら許されない?
「気遣いが足りなくてごめんね実花里」
「……」
ぎゅうっと自分の手を握って何かを堪らえようとする。
けど無理で目頭が熱くなってきた。
「私にとって君はお姫様なんだよ。初めて会ったときからずっと」
震える私の体を包むように後ろから抱きしめて。優しい囁き。
「……詩流が言うとセリフみたい」
「演技臭かったかな?でも本当なんだから仕方ない」
「お気持ちは伝わりましたから。もう、そろそろ離れて欲しい。
貴方の生存本能さんがさっきからずーっと当たってる」
「え?まだそんな主張してないんだけど」
「怖いこと言わないでください」
結構いい感じにお尻に当たってますがそれで平常なら……。
ううん、これ以上は何も考えないでおこう。
体が離れて少しだけ寂しさを感じつつ、お店を出る。
レジであの店員さんが笑顔で挨拶をしてきても慌てず騒がす
穏やかな気持ちで。
でも曽我さんの後ろに隠れるように気配を隠して。
「また連絡する」
「私だって今後は交友関係を築いて行く予定だし、
忙しいときは無理しないでくださいね」
「さっきの電話がその交友関係?」
「あれは違います」
部屋の直ぐ側で車がとまる。後は私が降りて歩いていくだけ。
行きとは違い帰りは助手席に座るようにお願いされた。
「君が穏やかに生きていけるなら何でもする。手伝うから」
「ありがとう」
「実花里」
そっと彼の顔が近づく。
「……」
抵抗はしない。迎え入れるような事もしないけど。
「その冷めた瞳も嫌いじゃない」
彼はおでこに軽いキスをして。私を下ろすと車は去っていった。