アムネシア

彩る


「ちょっとバランスが変かも……」

 さっそく帰りに花瓶を買ってみたけれどちょっとサイズを間違えた。
思っていたよりもギュッと花が詰まっていてこんなに沢山貰ってしまって
いいのか少し申し訳なくなる。1本でも相当高かったはずなのに。

 綺麗な赤い薔薇だけどその美貌は永遠には保てない。何れ朽ちる。
だけどお母さんは無理なく美しいまま歳を重ねていると
 テレビや雑誌で大絶賛される。奇跡の美貌とまで言ってた。

 確かに家でもだらしない姿を見ることがなかった。
 そもそもトップ女優じゃない母を見たことがない。

「ねえ薔薇さん。私だって何処か良い所があるでしょう?
貴方のように誰からも望まれて愛される存在でなくても。
少しくらいは……女帝の子ならあるでしょう?」

 そっと花弁にふれると美しい姿を少し揺らして甘い香りがした。

 守屋さんときちんと話をしようとスケジュールを合わせて
木曜日のお昼に会う約束をする。仕事は午前中のみで大学はお休み。
 レポートを書こうと思っていたけど自分の過去を辿る事にした。

 今まで思い返そうとも思わなかった。すっぽりと開いた白紙の空間。
ぼんやりと花瓶の薔薇を見つめていると突然机の上のスマホが震えて
 私の体もビクっとする。

『実花里。いい子にしてた?』
「うん。お母さんも元気そう。テレビみたよ」
『バラエティ色の強い番組って下品で嫌いなんだけど。
映画の宣伝にどうしてもっていうから仕方なくね』

 何週間ぶりだろう。テレビからでないお母さんの声を聞くのは。

「映画が終わったら家に帰る?」
『と思ったけど。少し休憩がしたいから知り合いの別荘に行くわ』
「そう」
『所で貴方は自立出来そう?ああ、お金の面じゃないのよ。精神的なもの』
「もういい歳だし1人でもなんとかやっていけるよ。……多分」
『遊ぶだけなら良いけど詩流を頼りにするのは止めておきなさい?
何度も言うけど俳優と付き合うのはリスキー過ぎ。貴方は一般人なんだし
良いように弄ばれて泣かされるだけ。特にあの子はオススメしない』
「……でも、優しくしてくれてるし相談も乗ってくれる」

 お母さんは一方的に指示を出すだけだけど。

『どうかしら。体を許した途端に満足して終わりかもね』
「そんな言われたこともないし」
『堅実な職業の真面目な男を探しなさい。貴方にはソッチが向いてる』
「そ、そういう話の前にまずは大学を卒業して仕事をして」
『そんな事してる間に30過ぎるわよ?』
「今はそういう人も居る」
『はいはい。貴方の好きになさい。じゃあまた時間が出来たら電話するわ』
「はい。体に気をつけてね」
『貴方もいい子にしてなさい。帰りに何かお土産買ってきてあげるから』

 電話してくれるだけでも十分。こんな狭い部屋にはどうせ会いに
来てくれないんだろうと察してからは一度も口にしてない。
 いい歳なのだから母親に甘えても無駄だと気づくべきだけど。

 でも、やっぱり電話してもらうと嬉しい。お土産も楽しみ。

「ねえ薔薇さん。堅実なお仕事って言うと警察官はどう思う?
守屋さん真面目そうだったし。私と同じように記憶が曖昧なんだって。
何よりとっても爽やかでカッコいい。鍛えてる感じで」

 テンションが上がったせいかウキウキしながら花に話しかける
自分にすぐには気づけなくて。少ししてから猛烈に恥ずかしくなった。

 ああ、何浮かれてるんだろう。バカみたい。

 記念に薔薇の写真を何枚も撮ってスマホに保存する。
 素敵だから印刷して飾るのも良いかも。

 ドラマ撮影中の彼にも写真を送ろう。この前は私のせいで変な空気に
してしまったから。花束だとちょっと意味深だから薔薇を1本だけ。

 お仕事頑張ってね。と添えて。



「……実花里にしては情熱的」
「ご機嫌ですね。大体この時間はイライラしてるのに」
「君もこんな時間までメイクさせられて大変だ」
「仕事ですから」
「あの新人の彼女はもう少しセリフを覚えてくるべきだな。
そうしてくれたら……、お礼に行けたのに」
「夜撮影のNG連発はキツイですよね。ほんと、お疲れ様です」
「こんな日もある」

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