月の砂漠でプロポーズ
自分が住んでいる部屋に男の人が帰ってくるところを想像してみた。

 玄関まで出迎えちゃって
『おかえりなさい』
『ただいま』
 とか、言い合っちゃうの?

 想像しただけで照れてしまう。
 もじもじしていると、にやりとわらわれた。

「安心しろ。俺が潜り込める寝床は他にもあるから」

 ……ですよねっ!
 こんなハイスペックな人に恋人がいないのがおかしいのだ。

 なのに、がっかりした。
 それも、ものすごーく。

 渡会さんが時計を見た。時間なのだろう。
 ひきとめたい。
 しかし。

「とりあえず、建物と家のなかは一通り説明したな」

 言われてしまえば、彼に聞きたいことはなにもない事に気づいた。 

 聞きたいことといえば。
 ……誕生日はいつか、とか。
 好きなタイプは、とか聞きたいことはあったけれど。
 いや! 食べ物の好みのことだからね、あくまで! 
 インテリアや思考は部屋や本から察すればいいし!

 私が脳内で意味不明な踊りをしていると、渡会さんは玄関に向かい始めた。
 慌てて後を追う。

「進捗状況を定期的には連絡はするようにする」

 諦めるしかない。
 私は彼に甘えられる権利を有していないのだ。

「はい。いってらっしゃいませ」

 私が見送りの挨拶をすれば、少し不思議なまなざしをして。

「……行ってくる」

 パタム。
 玄関のドアがしまった。
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