月の砂漠でプロポーズ
「はぁー……久しぶりだな、この雰囲気」

 数ヶ月ぶりの景色が嬉しくて、キョロキョロとあたりを見渡す。

「なんというか、空港には独特の喧騒があるよね」

 別れ、再会、旅立ちのざわめき。
 悲しみや晴れがましさ。人々はさまざまな気持ちを空港に置いていく。

「……なーんて柄にもなくポエマーになっちゃった」

 感傷的になってるのかな。
 自分の気持ちを確認する。

「いいやっ、ないな!」

 二十四時間働けますかの会社をやっと辞められたのだ。
 今の会社は六か月前に入社した。

「セレブ宅専用のハウス・クリーニングだから時給は良かったけど」

 が!
 ブラック企業はそれなりに経験してきたけれど、今回は極めつけ。
 初日からいきなり研修もせず、クライアントを任された。
 前任者からの引き継ぎもなし。

「空港の清掃やホテルのルームスタッフをしていたっていう経歴のせいだろうけど」

 住人のプライバシーを妨げないよう、『スキマ時間に伺って綺麗にします』ってキャッチコピーのせいで、クライアントは好きな時間にオーダーを入れてくるのだ。

 ホテルのスウィートルームか、本当に日本の住宅なのかと思ったくらい広い家を、たった一人でしかも二時間で掃除した。
 終わったと思ったら次の仕事が入っていた。
 その繰り返しで、初めの一週間はアパートのドアを開けた瞬間から記憶がない。
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