月の砂漠でプロポーズ
 社長に何度抗議したことだろう。
 なのに、どこ吹く風、既読スルー。
 というか、私のメール読んでる? 
 
 プライドにかけて、四角い部屋を丸く掃くなんてやりたくない。

 仕方がないので、クライアントに向けて『汚れカルテ』を残すことにした。
 ありていに言えば、作業完了報告書兼、『今回はこういう汚具合だったので、どこそこのみやりました。次回はここを掃除したほうがいいですよ』というスケジュール提案だ。

 ……それがいけなかったのだろうか。

『丁寧な仕事に評判がうなぎのぼりでね、高畑さん指名が増えちゃった』

 増えちゃった、じゃないよー!
 嬉しい悲鳴なんてものではなく、本気で悲鳴をあげた。

『時給、百二十五パーセントアップするよ、どう? 入社二か月目だけど、高畑さんを評価している結果だよ』

 う。
 時給千二百円が千三百五十円になって、労働時間一日十六時間で月間二十五日。
 諸々さっぴかれて手取りが三十八万四千円から四十三万二千円に。

 ……いい。差額で家賃が賄える。

 半年働けば二百五十九万2千円。
 一年分稼げれば、三週間貧乏旅行して最後の一週間贅沢なホテル暮しが出来る。

 あのときの私は、極度の疲労と旅行先費用や、帰国後の貯金を殖やせることに目が眩んでいた。
『過労死シマス』という死神との契約書にサインしたことを自覚していなかった。
 労働基準監督署に通告案件だという、心が上げている悲鳴に見て見ぬふりをしてしまった。

 未来の自分が呆れるワーカーホリック爆誕である。
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