月の砂漠でプロポーズ
大したものはない。
 ただ、数枚の季節外の洋服や少しの調理器具。
 旅の思い出などだった。
 大分前に廃棄されたらしく、雨ざらしになっていて持って帰っても使えないだろう。

 渡会さんの部屋にいた間、必要なとき以外は電源を切っていた携帯を慌ててオンにした。
 大家さんと管理会社から何度も着信も入っており、『連絡不可により強制退去』とのみ書かれたメールが二週間以上も前に送られていた。

「ははは……」

 誰かが笑っている。

「私、家なき子になっちゃった」

 嗤っていたのは、私だった。

 渡会さんは、なにも言わずに車をバックさせた。
 そのまま、高速をひたはしる。

 やがて着いたのは、第二の家と思ってしまっているTOKAIヒルズレジデンスだった。

 駐車場に車を滑りこませたあと、渡会さんは下りようとはしない。
 ハンドルによりかかるようにして、前を見たままだ。
 つられて私も見てしまったが、高級車以外は誰もいない。

「……君に割のいいバイトを紹介する。俺のハウスキーパー兼、パラリーガルをしてみないか」

 渡会さんはやや早口で一気にしゃべった。
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