月の砂漠でプロポーズ
 なんだろう、これ。
 渡会さんが楽しそうにしてくれると、すごく嬉しいのだ。 
 いたたまれないけど。違う、むずがゆい。これも違う、面はゆい、かな。

 ――ブブっ。

 変な空気になりかけたとき、消音していた渡会さんの携帯が震えた。
 取り上げて、おそらくは発信者を確認した途端、彼の端正な顔がしかめ面になった。

 彼はたまに、こんな顔をする。誰だろう。嫌いなクライアントかな。
 渡会さんが、ち、と軽く舌打ちをする。

「ど」

 うしました、という前に、渡会さんの体がぐらりと揺れた。

「渡会さんっ」

 彼に近寄る。
 重厚なソファセット。
 効果的に配置された観葉植物。
 映画みたいに素敵だけれど、それどころじゃない。

 私の大事な人は机に具合悪そうに突っ伏した。

「……なりみ……」

「なにやってるの! 早くベッドに!」

 ぐったりした体をなんとか立ち上がらせ、彼の腋に自分の肩を入れて支える。
 奥の扉をみた。
 オフィスの掃除を任されているが、机周りと書棚、そして奥の部屋は触らないように言われている。

「ベッドなんてない……」

 絞り出したような言葉に困惑した。
 え? 
 奥の部屋は寝室ではないの?
 ……ああ、そうか。『潜り込める寝床』って恋人さんの家だよね、それ以外ないよね!
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