月の砂漠でプロポーズ
「にしても、社長めぇ〜……」

 退職すること、引継もあるから三か月前から言ってあったのに。
『次の人が決まらない』とかで最終勤務日は旅行の当日。

「しかも空港に行かないとまずいってギリギリの時間まで仕事を入れてくれちゃって!」 

 ……許そう。
 怨讐の的からは数十キロメートル離れた。
 社長への怒りと電波が通じる圏内は空港に置いていく。

「あ。耳栓忘れた。売店で売ってるかな?」

  どこに売ってるかな。
 ドラッグストア? 
 コンビニでも空港内の店なら置いてあるだろうか。

『お客様のお呼び出しを申し上げます。高畑也美様、五十六番出発ロビーカウンターにお越しくださいませ』

 売店へ向かって歩いて行くと、場内アナウンスが耳に入ってきた。

 私と同姓同名だ。
 しかも、私が出発するロビー。すごい、偶然。

「まあ、私の名前の組み合わせも世界で唯一ではないから」

 こんなこともあるでしょう。
 きっと、恋人と会えない彼氏さんが焦って呼び出しをかけたんだろうな。
 もしくはツアー客のタカハタさんは遅れそうになっている人かもしれない。

 ……ちょっとばかり「タカハタナリミ」さんに興味が湧いた。
 どんな人かな、漢字は同じかな。

 後から考えれば。
 このときカウンターに行かなければ、人生激変しなかったかもしれない。

 魔が差したとしかいいようがない。
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