月の砂漠でプロポーズ
胸がずきずきと痛くなった。
 しかし、恋人さんの連絡先がわからない以上、迎えに来てもらえばと言えない。 
 訂正、言いたくない。

 私はきょろきょろした挙句、応接セットのソファをめざした。

「がん、ばって……!」

 なんとか渡会さんはソファに倒れ込んだ。

 とりあえず私の上着を彼にかけ、室内の温度を上げる。
 加湿器があったので、それも稼動させる。

「ごめんなさい、家宅操作させてもらいますね!」

 オフィス内は簡易給湯室兼掃除道具入れ、応接室、彼の執務場所兼資料室で成り立っている。
 それに奥にもう一つ扉があった。
 奥の部屋だけは立ち入り禁止だが、非常時なので入らせてもらう。
 毛布などあればいい。
 なければ、渡会さんちのベッドルームから持ってくるまでだわ!

「あった!」

 思ったより小さな空間には、何着かのスーツやワイシャツが掛けられたハンガーラックに、使い込まれたトランクや何足かの靴。

 折りたたみ椅子の上にはグルーミング用品と靴磨きキットのほかに折りたたまれた毛布があった。

 応接室まで戻り、毛布をひろげて彼にかけた。

 心の中で謝り、渡会さんのネクタイとジャケットを外した。
 足のほうに屈みこんで靴を脱がす。
 彼の長身では三人がけのソファでも足がはみ出してしまうので、私の上着で彼の足をくるんだ。
 お客様用のおしぼりを水に濡らしておでこに載せた。
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