月の砂漠でプロポーズ
 給湯室には珈琲、紅茶、緑茶に非常食っぽいカップラーメンしかない。

 レジデンスとビルは少し距離がある。
 渡会さんの家には薬とか体温計とかなかった気がする。
 再確認するより買ってきてしまったほうが早い。

「渡会さん、ちょっと待っててください。薬を買ってきますね!」

 インテリジェントビルは高層が展望台にラウンジやホテル、中層階がオフィスゾーンだ。
 地下一階から八階まではコンビニ、郵便局、区の出張所などのライフサービスゾーンが入ってるらしい。

 ドラッグストアに駆け込んで、体温計、解熱剤、冷却材に栄養ドリンク。レトルトのおかゆに、スポーツドリンク。ゼリーやプリンを買い込んだら結構な荷物になった。

 ヒルズ敷地内は基本、徒歩だ。

「ううう、重い……でも頑張る……」

 エントランスゲートを抜けて重い荷物を抱えながら、よろよろとエレベーターに向かい、四十八階を押した。

 渡会法律事務所と金字で打ち出されたドアのキーボックスに、暗証番号をもどかしげに打ち込む。

『不法侵入されないように数字キーは毎日変えている』と教わっていたのだ。

 今日の暗証番号は聞いてある。
 私の誕生日だった。いつ知ったの?
 警察でかな。
 確かに部屋番号とか彼自身の誕生日ではセキュリティが甘い。
 空き巣狙いからすると、予想だにしない四桁なんだろうけど……、ものすごい、照れる。
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