月の砂漠でプロポーズ
 カウンターについたら怒声、罵声が聞こえてきた。

 見るともなしに見ていると、十数人の女の人がそれぞれ叫び合っている。
 なんだろう、パフォーマンスかなあ。
 話に聞くラップバトルとは趣が違う様な。

「ま、私には関係ありません〜」

「!◆?*φ△@?!」

 言い争いはいつまで続くんだろう。
 なんてぼんやりと思っていたら、そのうちの一人と目があった。
 近寄って来るなり、話しかけられた。

「あなた、高畑也実?」
「はい」

 なんで知っているのだろう。
 疑問に思いつつ、うなずいた途端キャットファイトメンバー全員に囲まれた。

 私は芸能人ではないし、友人親戚一同がたかが一週間の海外旅行に見送りに来てくれたわけでもない。
 第一、このなかで誰一人として見覚えがない。

 ……有名人と間違われているのだろうか。
 それにしては殺気だっている。
 まずい、野次馬していたのがバレて怒られるのだろうか。
 落ち着こう。流されてはダメだ。

 『アルカイックスマイル』と揶揄される、海外における日本人の必殺技を召喚。
 にこ、と意味もなく微笑んでみた。

「あの」

 話しかけようと試みた瞬間。

「高飛びしようなんてそうはいかないわっ。誰か、警察に通報してぇ!」
「この泥棒猫っ、お金を返しなさいよっ」
「あの人はどこっ!」

 一斉に叫ばれ、目がまん丸のまま固まってしまう。なにがどうした。
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