月の砂漠でプロポーズ
 妻! お嫁さん! 奥さん! ほとぼりが冷めたら離婚されるんだろうけれど、期間限定でも渡会さんの伴侶と名乗れるのだ。

 結婚する予定なかったし、むしろバツイチになれば、今後面接官に『ご結婚の予定は』と訊かれても、『しばらくはいいです』と余裕の笑みを浮かべられるし。

 だけど、いいの?
 私得であっても、渡会さん損ではなかろうか。それとも、なにか裏がある?

 じいいいいっと見て、自白を促す。

「無論、遡って婚姻無効の申請を行う」

 はい? なんだろう。意味はわからないけれど、不穏なニュアンスだった。

「婚姻の無効とは、平たくいえば結婚したことをなかったことにする権利で、民法七百四十二条に定められている」

 すごいな。渡会さん、七百も法律を憶えてるのか……。

「次の場合に無効に出来る。人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。あるいは当事者が婚姻の届出をしないときだ」

「……例えば、後者だと提出するときに私は一緒に行かずに、渡会さんが一人で出したときとか?」

「そうだ」

 うーんむ。喜んだ分、がっかりしてしまった。
 とてもじゃないけど『私、戸籍はそのままでいいんだけどな』と言い出せない雰囲気……。
< 82 / 127 >

この作品をシェア

pagetop