月の砂漠でプロポーズ
 渡会さんは、私と初めて会った日に『疑わしきは罰せず』と言った人だ。
 無罪を証明するに至らなくても林が有罪でなさそうだったら、渡会さんは弁護を引き受けていたのかもしれない。

 けれど、林はみずから渡会さんの信頼を棄てさせた。

 親しい仲じゃなかったとしても同じ教室で授業を受けたのだ、思い入れがあるのだろう。

「蝙蝠は誰からも嫌われるとわかっている」

 自嘲するように小さくつぶやいた。

 ……イソップ寓話だっけ。
 鳥と獣の一族が争っていたとき、鳥が有利だと訪れ『羽があるから鳥の仲間です』といい。
 獣が有利だと『毛が生えてふさふさしているから獣の仲間です』と言った。
 やがて、鳥と獣が和解したとき、双方の一族から『裏切者』とののしられたのだ。

 彼に、思わず手を差し伸べていた。

 渡会さんは自然に首をさげ、私の手が彼の頭に届くようにしてくれた。

「それが、林を含め元同級生のどちらにも味方せず、という渡会さんの精一杯だったんですね」

 くしゃりと彼の髪を撫ぜた。

「ああ」

 不器用な人だ。
 それこそ、蝙蝠みたいにうまく立ち回れるだろうに。
 どちらにも馬鹿正直に話して、騙すより嫌われることを選んだのだろう。
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