月の砂漠でプロポーズ
「……なんでここに? 令嬢は?」

「帰ったよ。『ドバイが観光客に寛容とはいえ、イスラム教の国です。過去には婚前旅行した日本人観光客が国外追放された例もあります。男女二人でのミーティングはこれから支店を作る御社にとって得策ではありませんので、スタッフとして妻を同行させました』と言ったら、『わ、わたくし急遽パリに出張が決まりましたの!』ってな」

 しれっと言い終わると、普通に座りシートベルトを締めてしまう。
 いいのかな。
 そりゃ、諒さんを女の人の隣になんて座らせたくないけれども!

 滑走路に向けて機体が動く。
 一瞬のち、ぐうと座席に体が押し上げられる。
 浮いた!

 窓の外からは斜めになった、地上の灯りが星の絨毯のようにちりばめられている。

「也実、ドバイシリーズ持ってきた?」

 そっと耳元でささやかれて、体のどこかがずくん、となった。

「きましたよ」

 上ずった声を悟られないように、網の中から文庫を取り出した。

「見せて」

 諒さんは頭を私のほうに寄せ、一緒に見ろと促してきた。

 ふんわり、彼がまとっているグリーンノートのコロンが漂う。
 ごくり、と喉が鳴りそうになって、かえって唾を大きく呑み込んでしまった。

「也実のスケッチは味がある」

 モスクをサインペンでスケッチしたものだ。
 指で絵をつ……となぞられて、くすぐったく思う。
 
私達は周りの人が寝始めるまで、ひそやかにドバイについてどんな処かを話し合った。
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