悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
「リモーネ……俺たちは偽の夫婦だ。だが、もしかしたら一緒に暮らしているうちに――」

「一緒に暮らしているうちに?」

「――ああ、いや、その……お前が、その……俺のことを……」

 彼は何か言いかけたが、口ごもる。

 しばらくすると、彼は私に向かって告げてきた。


「書類上は夫婦なわけだが……皆の前で、口づけないといけない場面があるかもしれない……嘘の……結婚式なんかで……」

「……?」

 そう言われると、書類上だけだと怪しまれるから、教会で式を挙げたいとシルヴァは主張していたことを思い出す。


「だから、俺たちも口づけの練習をしておいた方が良いんじゃないだろうか――?」


 彼の言葉に、私は驚いてしまう。
 私はなんだか恥ずかしくなって、真っ赤になって俯いてしまった。

「その……そう言うのは、す、好きな人、同士で……さっきの行為もだけど……」

 私がそう答えると、彼は沈んだ調子で答える。


「ああ、そうだったな……お前は俺のことが嫌いなんだった……嫌いな男に触られるなんて不愉快だよな――」


(私がお兄ちゃんを嫌い……?)

 先刻もそのような類のことを口にしていたなと思い出す。

(嫌いどころかむしろ……)

 そこまで考えて、頭を振る。

(クラーケのことだってあったし……それに、シルヴァお兄ちゃんは爵位目当てだって、はっきり言ったわ……でも……)

 寂しげに微笑む彼に向かって、勇気を出して伝えてみた。


「シルヴァお兄ちゃんに触られるのは……嫌じゃ……ない……」


 その言葉を聞いたシルヴァが目を少しだけ大きくした後、そっと私の頬に長い指を伸ばしてくる。

「だったら――」

 彼の指が、私の栗色の髪を払った。

「抵抗するなら今のうちだ――」

 彼にはそう言われた。
 だけど、私には特に拒否する理由が見当たらなかったのだ。
 これから起こることに対して、なんだか胸が弾んでいる自分がいる。

(私は……)

 両頬を彼の大きな手に包まれた。

「リモーネ」

 彼の顔がゆっくりと近づいてくる。

「ん――」

 彼の唇が、私のそれと重なった。

 ぎゅっと目を閉じる。
 
 まるで、時が止まったようで――。
 
 なんだか胸が苦しくて――。

 ふっと、彼の唇が離れ、柔らかな感触がなくなった。

 彼と離れた後、なんだか寂しい気持ちがわいてくる。


「リモーネ……俺の……」


 そう言うと、私の髪を彼が撫でてきた。

「俺の……?」

 私が問い返すと、彼は口をつぐんだ。

 しばらくすると口を開く。

「視察に行かないといけないな――」

 当初の目的を彼が口にする。

 そう言われればそうだったと、私はこくこくと頷いた。

「それじゃあ、帰ろうか――」

 低い声で彼はそう言うと、私の身体を横抱きにしてかかえた。
 そうして、ふっと彼は微笑むと、私に向かって告げる。

「リモーネは、まるで羽根のようだな……」
 
 シルヴァにそう言われて、私の頬がまた赤らむのを感じた。

(時々、笑いかけてくるのは反則だわ……!)

 そうして彼の顔を見ると、いつもの不愛想な表情に戻っていた。
 彼に抱えられて、林の中を歩く。
 ふと、わいてきた懸念に思いを馳せる。

(そう言えば、どうしてシルヴァお兄ちゃんは、私に嫌われてると思ってるんだろう……?)

 少しだけ疑問を残しつつ、無事に領地の視察を終えてから、私たちは王都に戻ったのだった――。


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