悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
夢はそこで途絶えた。
(夢……? 本当のこともあった気がするけど……騎士学校に向かう前に、シルヴァお兄ちゃんは私のところを訪ねてきていたの――? 私はお兄ちゃんに最後、なんて言ったの?)
そんなことを考えながら、まだ重い瞼を開く。
すると、銀色の短い髪に碧色の瞳をした端正な顔立ちが視界に入る。
(……!)
心臓がドキドキと音を立てて落ち着かない。
川辺でシルヴァと口づけを交わして以来、数日が経っている。
(そうだ、私、あの日以来、シルヴァお兄ちゃんと一緒に寝るようになったんだった――)
まだ二人して寝入って、そんなに時間は経っていないのだろう。
湯上りの石鹸の香りが、暗闇の中に漂っていた。
最初の夜以来、部屋のベッドの上に私が眠り、シルヴァは床で眠る毎日が続いていた。
けれども、あのキスの一件以来、同じベッドでまた眠るようになったのだ。
シルヴァの言い分としては、残っている使用人がたまたま部屋に入ってきたときに、二人が別々に眠っていたら怪しまれるというものだった。
しかも、口づけの練習をしていた方が良いとシルヴァが主張するので、毎晩寝る前にはキスを交わすようになっていた。
(………どうしたのかしら、私は、シルヴァお兄ちゃんを見るとなんだか変だわ……昔から幼馴染としてシルヴァお兄ちゃんのことは好きだったけれど……毎日キスの練習をしているせいかしら――?)
昔抱いていた、春の木漏れ日のようにほんわかとした温かい気持ちにも似ている。だけど、それだけではなくて、なんだか落ち着くのだけど落ち着かないような……。
もちろん、クラーケに対して、必死に彼に捨てられないために何かをしなきゃという、あのよく分からない焦りのような落ち着かなさとも違う。
(私は、お兄ちゃんのことを……?)
何か考えようとしたが、頭をふるふると振った。
(偽の夫婦なんだから……)
だけど、キスや体の関係は好いた者同士がやるべきだとシルヴァも言っていたのを思い出す。
(やっぱりお兄ちゃんは、私のことを……?)
そこまで考えていると――。
「きゃっ――!」
いつの間にか起きていたシルヴァの碧色の瞳と出会う。
「リモーネ、眠れないのか?」
彼に問われ、首を縦に振った。
すると――。
彼の大きな手が、私の頭に伸びてくる。
無言のまま、彼が私の栗色の髪を撫でてきた。
(あ――)
『眠れないのか?』
幼い頃にも、眠れない自分の頭をよく撫でてくれていたことを思い出す。
だけど、子どもの頃と違うのは――。
「――口づけても良いだろうか?」
彼がそう問いかけてくるので、私は問い直す。
「――夫婦に見える練習?」
シルヴァは一度瞼を閉じた後、私に告げた。
「そうだ――練習だ」
彼の答えに、私は同意した。
「シルヴァお兄ちゃん、だったら――」
そこまでで言葉は途切れた。
「ん――」
なぜなら、彼に唇を塞がれていたからだ。
「んんっ――」
ずっと唇同士が触れる程度のキスだったのに、今日は様子が違った。
「あ――はふ――あ、んんっ――」
いつもよりも深く口づけられる。彼の舌が、私の唇を割って中に入ってくる。
少しだけざらりとした粘膜が、歯列の隙間をなぞってきた。
口の中から全身にぞくぞくとした感覚が走り抜けていく。