悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
一度不幸が起こると、どんどん加速してしまうようだ。
病床についていた父が亡くなってしまった。
跡継ぎに恵まれなかった父親は、なんとか私が不幸にならないようにと、生前クラーケと私が結婚出来るように頑張ってくれていたのだ。
だけど、結局、位の高い将軍の娘に婚約者の座を奪われてしまった。
(お父様もさぞ無念だったに違いないわ……)
鏡に映る自分の栗色の髪は、精彩に欠けてしまっていた。
いつもは宝石のようだと言われる紫の瞳も、仄暗く光っている。
母も早くに失くし、頼りにしていた父も失くし、婚約者も失ってしまった私は、屋敷の中で悶々と過ごしていたのだった。
※※※
不幸は、父を亡くしただけにとどまらなかった。
成り行き上、女伯爵になった私だったが、子をなさない限り、また国に爵位を返還しないといけない。
夫になる人物が伯爵の地位をものにできる。
爵位を持たない人物たちにとっては、カモがネギを背負っているような状況のはず。
だが――。
貴族とは言え、地位の高い侯爵に婚約破棄された女だ。
あげくの果てに、リモーネ伯爵令嬢が浮気をしていたとか、将軍の娘に嫌がらせをしただとか、クラーケ侯爵とセピア公爵令嬢の恋路を邪魔していただとか、根も葉もない噂まで立てられてしまい、悪役のように仕立てられ上げてしまった。
そんな噂のある女になかなか相手が近づいてくることもなく――。
悲しくて涙が止めどなく溢れる。
「もういっそ、全てを投げ出してしまいたい……」
使用人たちもほとんどいなくなってしまって、いよいよ孤独になった私は、毎日一人で泣いて過ごしていたのだった。
※※※
しばらく経った頃――。
なんとか生き延びていた私がしくしくと泣いていると、屋敷の外から男の大声が聴こえた。
(こんな私のところに、いったい誰かしら……?)
残ってくれていた使用人たちには聞こえていないようだった。
男の声が止まないため、私はやつれた身なりのまま玄関に向かうことにする。
そこには――。
「久しぶりだな、リモーネ」
聞き覚えのない低い声。
だけど、どこか懐かしいような――。
青年はゆっくりとこちらに近づいてくる。
逆光で見えなかった彼の顔が見えた。
銀色の短い髪に、爽やかな碧色の瞳――。
精悍な顔立ちに、鍛え抜かれた大きな体に身にまとうのは、この国の騎士団のコート。
(この人は――)
「周囲から、話は聞いている。長話は嫌いだ、手短に伝える」
彼は私の答えなど聞かずに話を進める。
(この必要最低限の情報しか言わない話し方は――)
そうして、彼は無表情なままこう伝えてきた。
「リモーネ・シトロニエ……爵位が欲しい。俺と――シルヴァ・エストと結婚してくれないだろうか?」