悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
孤児院から屋敷へと帰る道中――。
たまたま、女性の妊娠から出産までを取り扱う産院が目に入る。
産院ではたくさんの子どもの取り上げなどがおこなわれ、明るい印象が強い。だが、一方で、母子ともに生命の危険にさらされたり、わけあって子どもを産み落としてそのまま去って行く母親なども多いこともある。それゆえに、孤児院が近くに出来ているという側面もある。
(私にはしばらく縁がない場所ね……)
ふと、思い出したくない二人の顔が浮かんだ。
元婚約者であるクラーケと、彼の子を妊娠したセピア公爵令嬢の二人である。
もう二人も結婚しただろうから、セピア夫人になっているのだろう。
(だけど、出来た子どもに罪はないわ――)
先ほど、孤児院で事情があって親元を離れた子たちと会ってきたから特にそう思う。
正直、彼らと会ったりすることを考えただけで、胃が重たくなるような感じや、呼吸が苦しくなるようだった。今もまだその感覚が、完全に消え去ることはない。
だけど――。
(本当だったら、貴族の会議でクラーケと顔を合わせないといけなかったけれど、それも全部シルヴァお兄ちゃんが行ってくれている)
ちらりと、隣を歩く、銀色の短髪に碧色の瞳をした青年を見やる。
(たぶん、私がクラーケと顔を合わせないように気遣ってくれているんだと思う……シルヴァお兄ちゃんは優しい)
彼の思いやりを感じて、胸がじんと熱くなった。
シルヴァのおかげで、まだ会いたくはないものの、少しだけクラーケとセピア公爵令嬢への気持ちも変化しつつある。
(良かったら、クラーケとセピア公爵令嬢も良い親になってほしい……)
そんなことを考えていると、ちょうど産院の扉が開く。
扉から現れたのは――。
私は目を見張った。
産院から出てきたのは、今しがた考えていたセピア公爵令嬢だったのだ――。
どうやらあちらも、こちらに気づいたようだ。
人込みをかきわけながら、私とシルヴァの元に歩み寄ってくる。
「シルヴァ様ではありませんか?」
彼女は妖艶な声でシルヴァの名を呼んだ。
どうやら彼女は、私のことにはまったく気づいていないようだった。
(セピア公爵令嬢は、シルヴァのことを知っているの――?)
少しだけ混乱する。
だけど、シルヴァは人気のある騎士であり、出世も約束されていると言われている。将軍に目をかけられている可能性も高く、将軍の娘であるセピア公爵令嬢がシルヴァのことを知っていてもおかしくはない。
「シルヴァ様、ご機嫌麗しゅう」
そう言うと、セピア公爵令嬢はシルヴァにしなだれかかった。
なんだか胸がちりりと痛む。
シルヴァは無表情なままだ。
「シルヴァ様、私の夫の元婚約者のリモーネ・シトロニエ女伯爵とご結婚なさったそうですわね」
「ええ、そうです」
淡々と彼は答えた。
すると、嬉々とした様子で彼女は続けた。
「ご自分のせいで、リモーネ女伯爵が不幸になったから、責任をとられたのですか? だって貴方の行動次第では、彼女は今頃愛するクラーケと一緒に過ごせていたはずですもの……それにあなただって、伯爵止まりになり、出世の道を閉ざすことにもならなかったのに……」
セピア公爵令嬢の放った言葉に、私は衝撃を受ける。
(お兄ちゃんが原因で私が不幸……? 出世の道を閉ざす……? 一体どういう……?)
私に気づかないまま、彼女は続ける。
「――将軍であり公爵であるお父様の一人娘である私と、シルヴァ様が結婚を了承なさってさえいれば、ね」
たまたま、女性の妊娠から出産までを取り扱う産院が目に入る。
産院ではたくさんの子どもの取り上げなどがおこなわれ、明るい印象が強い。だが、一方で、母子ともに生命の危険にさらされたり、わけあって子どもを産み落としてそのまま去って行く母親なども多いこともある。それゆえに、孤児院が近くに出来ているという側面もある。
(私にはしばらく縁がない場所ね……)
ふと、思い出したくない二人の顔が浮かんだ。
元婚約者であるクラーケと、彼の子を妊娠したセピア公爵令嬢の二人である。
もう二人も結婚しただろうから、セピア夫人になっているのだろう。
(だけど、出来た子どもに罪はないわ――)
先ほど、孤児院で事情があって親元を離れた子たちと会ってきたから特にそう思う。
正直、彼らと会ったりすることを考えただけで、胃が重たくなるような感じや、呼吸が苦しくなるようだった。今もまだその感覚が、完全に消え去ることはない。
だけど――。
(本当だったら、貴族の会議でクラーケと顔を合わせないといけなかったけれど、それも全部シルヴァお兄ちゃんが行ってくれている)
ちらりと、隣を歩く、銀色の短髪に碧色の瞳をした青年を見やる。
(たぶん、私がクラーケと顔を合わせないように気遣ってくれているんだと思う……シルヴァお兄ちゃんは優しい)
彼の思いやりを感じて、胸がじんと熱くなった。
シルヴァのおかげで、まだ会いたくはないものの、少しだけクラーケとセピア公爵令嬢への気持ちも変化しつつある。
(良かったら、クラーケとセピア公爵令嬢も良い親になってほしい……)
そんなことを考えていると、ちょうど産院の扉が開く。
扉から現れたのは――。
私は目を見張った。
産院から出てきたのは、今しがた考えていたセピア公爵令嬢だったのだ――。
どうやらあちらも、こちらに気づいたようだ。
人込みをかきわけながら、私とシルヴァの元に歩み寄ってくる。
「シルヴァ様ではありませんか?」
彼女は妖艶な声でシルヴァの名を呼んだ。
どうやら彼女は、私のことにはまったく気づいていないようだった。
(セピア公爵令嬢は、シルヴァのことを知っているの――?)
少しだけ混乱する。
だけど、シルヴァは人気のある騎士であり、出世も約束されていると言われている。将軍に目をかけられている可能性も高く、将軍の娘であるセピア公爵令嬢がシルヴァのことを知っていてもおかしくはない。
「シルヴァ様、ご機嫌麗しゅう」
そう言うと、セピア公爵令嬢はシルヴァにしなだれかかった。
なんだか胸がちりりと痛む。
シルヴァは無表情なままだ。
「シルヴァ様、私の夫の元婚約者のリモーネ・シトロニエ女伯爵とご結婚なさったそうですわね」
「ええ、そうです」
淡々と彼は答えた。
すると、嬉々とした様子で彼女は続けた。
「ご自分のせいで、リモーネ女伯爵が不幸になったから、責任をとられたのですか? だって貴方の行動次第では、彼女は今頃愛するクラーケと一緒に過ごせていたはずですもの……それにあなただって、伯爵止まりになり、出世の道を閉ざすことにもならなかったのに……」
セピア公爵令嬢の放った言葉に、私は衝撃を受ける。
(お兄ちゃんが原因で私が不幸……? 出世の道を閉ざす……? 一体どういう……?)
私に気づかないまま、彼女は続ける。
「――将軍であり公爵であるお父様の一人娘である私と、シルヴァ様が結婚を了承なさってさえいれば、ね」