悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
屋敷へ戻る道中、私たちの間に会話はあまりなかった。
自室につくとすぐにベッドに押し倒され、シルヴァが私の唇を塞いでくる。
「ん……んんっ……」
執拗に彼の舌が、口の中をかきまわしてくる。
いつになく激しい水音が、夕暮れで橙色を帯びる室内の中に響いた。
「はぅ……あ……ゃあ……お兄ちゃん……」
荒々しく、彼が私の太腿を撫で始める。
彼の動作が止んでくれない。
一度唇が離れた時に、思い切って大声を出した。
「お兄ちゃん、やめて……!」
はっとした様子のシルヴァが、私に問いかけてくる。
「すまないリモーネ……その、クラーケ候の件でもそうだが、お前はお人好しだし、流されやすいし、言いたいことを言うのが苦手だし、隙もある……」
「お人好しだし、流されやすいし、隙もある」
彼のその言葉が、私の逆鱗に触れた。
「お人好し……」
今まで見ないように蓋をしてきた何かが――。
ずっと心の中で渦巻いていて、誰かに言えなかった濁流のような思いが――。
「だから、リモーネ、俺はお前のことが心――」
何かを言いかけたシルヴァに向かって、私は声を荒げていた。
「隙があるから、クラーケはセピア公爵令嬢と浮気したの……? 言いたいことを言うのが苦手だから、セピア令嬢たちは勝手に悪い噂を流すの……!?」
突然の私の訴えに、上に跨るシルヴァはたじろぐ。
「リモーネ……」
「お兄ちゃんもそうよ! 私がお人好だから、爵位が欲しいって言ったら結婚してくれるって思ったの!? セピア公爵令嬢には手を出せなかったのに、私には隙があるから手を出しやすかった……!?」
涙腺が決壊してしまったかのように、涙が止めどなく零れていく。
押し寄せる奔流のごとく、これまで蓋をしていた思いが、堰を切って溢れ出してとまらなくなってしまった。
「――今だってそうよ! 無理矢理口づけてきて……」
「今のは……」
シルヴァが困ったように眉根を寄せているのは分かった。
八つ当たりに近いのも自分でも分かる。
いや、むしろ、醜い嫉妬であることも自分でも分かっている。
だけど、自分で自分を制御できない。
飛び出した鋭い刃のような言葉たちは、シルヴァに突き刺さす。
「今のは何……? 寝ぼけてたの? それとも、無意識? 身体が勝手に動いた……? 言い訳ばっかりして、嘘ばっかり……偽の夫婦のはずなのに、私に触れてきて……お人好しな私なら騙されてくれるって思ったの――!?」
「リモーネ……」
そうして、もう取り返しのつかない子どもじみた言葉を、私は口走っていた。
「――シルヴァお兄ちゃんの嘘つき――! 大っ嫌い――!!! 屋敷から出て行って――! もう帰って来ないで――!」
本当はシルヴァに出て行ってほしくないくせに、触れられて悪い気はしていないくせに――ついて出た言葉はそれだった。
私はベッドの上に突っ伏して、泣きじゃくった。
そうして――。
「……リモーネ、すまない……やっぱり俺は、昔からお前に嫌われることしかできないな……」
――寂しげにそう呟いたシルヴァは、静かに屋敷から出ていったのだった。