悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
「僕、あの怖い騎士様のこと知ってる……まだお姉ちゃんのお父様……伯爵さまがまだ生きてらした頃……休みの日、天使のお姉ちゃんが孤児院に遊びに来てる時なんかに、こっそり覗きに来てたから……」
「え――?」
他の子どもたちも一斉に声を上げ始めた。
「私も見た」
「僕も! お姉ちゃんには言っちゃダメって言われてたけど……」
「大きいからばればれなんだよね」
「私、変態がいるって、神父様に相談したことがあるもの……正直怖いし……でも、あの人は大丈夫って言われて、放置してたけど……」
ちょっとだけ頭の中が混乱する。
(え、えっと、つまり……)
私は数年ぶりに、シルヴァに再会したと思っていたが――。
(お兄ちゃんはずっと私のことを見ていたってこと……?)
ませた女の子がうっとりとした口調で呟く。
「お姉ちゃんが、タコ侯爵と婚約破棄したって聞いて、絶対に喜んだはずよ」
「タコ侯爵……?」
女の子は続ける。
「案の定、速攻でお姉ちゃんと結婚できたわけだし……お兄ちゃんとお姉ちゃんは運命の赤い糸で結ばれているわ! ……と言いたいところだけど、あのお兄ちゃんなら、何か裏でやってそうな気がしてるのよね」
彼女が得意げに推理していると、他の子どもたちが、「え~~それは考えすぎだよ~~」「物語の読みすぎだよ~~」と否定していた。
「タコ侯爵なんか、あの性格の悪いイカ令嬢に渡して正解ね!」
そんな軽口を叩いていた。
理由を知らない子どもたちが、私のことを励まそうと話してくれるのが嬉しくて、なんだか気持ちが上向いてきているのを感じる。
「みんな、本当にありがとうね」
私が声をかけると、彼らも嬉しそうだった。
いつもは静かな伯爵家の中庭も、子どもたちの遊び場に様変わりしている。
――そんな彼らを見ながら、ぼんやりと思いを馳せた。