悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
そうしてセピア公爵令嬢は続ける。
「でも、彼は私の気持ちに応えてはくださらなかった……何度色仕掛けをしても、彼は乗ってきませんの……」
少しだけセピア公爵令嬢の瞳に剣呑な光が宿った。
「だから、将軍であるお父様に頼んで、シルヴァ様と私の結婚を促してもらいました……最初は愛のない偽りの結婚でも良いと訴えました。もちろん、結婚を断れば、出世の道も閉ざすって脅し文句もつけましたけど……そしたら、彼、なんておっしゃったと思う?」
私が何も言わないでいると、セピア公爵令嬢が憤怒の表情を浮かべる。
「『申し訳ない。ずっと昔から守りたい女性がいます。偽りだったとしても、好きでもない女性とは結婚したくない。出世もしなくて良い』……って」
彼女の言葉を聞いて、私は目を見開いた。
(ずっと昔から守りたい女性……? 偽りだったとしても、好きでもない女性とは結婚したくない……)
それは、つまり――。
鬼のような顔つきになったセピアは、さらに話を続けた。
「この身分も高くて美しい私のことを馬鹿にしていると思いませんか? 私よりも優れている女なんているはずがないのに……! ご令嬢たちの羨望の的であるシルヴァと結婚できれば、私に注目がもっと集まると思って、大した身分でもない男に声をかけて差し上げたというのに……!」
あまりに高慢な彼女の物言いに、聞いているこちらの気分が悪くなってしまう。
必死に震えながら、私は彼女に告げた。
「お、お兄ちゃんは、宝石とかの類じゃありません……」
「ええ、貴女のおっしゃるとおり、彼は宝石なんかではないわ……私を輝かせることの出来ない男は、石ころほどの価値もございませんわ」
「お、お兄ちゃんは石ころなんかじゃ――きゃっ――!」
言い返そうとする私の手を、彼女はヒールの踵で踏みつけてきた。
「お黙りなさい……! この小娘……!」
痛みに耐えながら、彼女の言い分を私は聞いた。
「シルヴァの言う守りたい女性を、よく床を共にしていた騎士に聞いてみましたの。そしたら、貴女の名前が挙がって……どんな優れた女かと思えば、こんな大したことのない女で、本当に驚かされましたわ……! すごく頭に来たから、貴女から婚約者を奪ってやろうと思って、クラーケに手を出しましたの」
ぎりぎりと、彼女はヒールを私の手背にねじ込んでくる。
(そんな、くだらない理由で……)
勝手に涙がこみあげてきた。
痛みに耐えながら、私は彼女に訴える。
「……っ……美人だから、優れてるから、誰かを好きになるわけじゃないと思います……」
「ふん、お綺麗で、偽善的なご令嬢ですこと――シルヴァも貴方と同じ類の善人で、虫唾が走りますわ。人が良いのか馬鹿なのかは知りませんが、私がわざとクラーケに近づいたと気づいたシルヴァは、ひどく悲しんでいましたわ……『自分がリモーネのことを好きになったせいで、彼女から婚約者を奪うことになってしまった』と……」
(お兄ちゃん……)
私に対して後ろめたさがあったからこそ、先日の彼は、セピア公爵令嬢が声をかけてきた時にはっきりとものを言えなかったのだと感じた。
涙で視界がにじむ。
そうして薄ら笑いを浮かべながら、セピアは告げてきた。
「クラーケのことはあまり好みではありませんでしたけれど、そこそこ性の相性は悪くなかったから、これから手放すのは少しだけ残念ではありますわね……」
(これから手放す……?)