悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――

第2話 偽装結婚初日、ベッドの中で事件が起きました!?



「リモーネ・シトロニエ……爵位が欲しい。俺と――シルヴァ・エストと結婚してくれないだろうか?」


 銀色の短い髪に、碧色の瞳をした精悍な顔立ちの青年がそう告げてきた。

(シルヴァ・エスト……! やっぱりシルヴァお兄ちゃんだったのね……!)

 シルヴァは年上の幼馴染だ。元々は、私の家であるシトロニエ家に仕えている騎士の息子だった。

(私が小さい頃に、よく遊び相手になってくれたり、世話を焼いてくれたりしていた……とっても懐かしい)

 彼が騎士学校に行って以来、数年間会っていなかった。
 風の噂では、騎士学校でめきめきと頭角を現し、騎士として出世街道を順調に進んでいると聞いていたのだが――。

(やっぱり、爵位を持つ貴族騎士と、爵位を持たない騎士では、扱いが違うのかしら……?)

 数年ぶりに会った彼は、寡黙で不愛想な印象がますます強くなっている気がする。


「リモーネ、返事は……?」

「は、はい……!?」

 婚約破棄に加え、父親が亡くなるなどの不幸に見舞われ、哀しみに暮れていた私だったが、彼の突然の求婚に一気に色んな考え事が吹き飛んでしまった。
 あまり表情を変えないシルヴァが、ふっと息を吐くと、低い声で続ける。

「良かった。同意してもらえたか。屋敷に女一人ではそもそも危険だ。お前にとっても悪い話ではないと思う。とりあえず夫婦のふりだけでもしてもらえたら……」

 どうやら、私が「はい」と言ったのを、結婚に同意したと思ったようだ。

「夫婦のふり……? え、えっと……シルヴァお兄……」

 その時、彼がおもむろに私の手首を掴んできた。

「……きゃっ……!」

 シルヴァが何かを取り出す。

 なんだろうと思っていると――。

「これ……」

 ――左手の薬指に、金色のフープに碧色の翡翠が乗った指輪がはめられていたのだった。
 
 騎士の給金からすると、非常に高価なもののはずだ。

「あ、あの……」

「では、表面上ではあるが、今から俺たちは夫婦だ――今日も仕事が終わり次第、この屋敷に帰ってくる。それでは――」

 それだけ言い残すと、シルヴァは馬に乗って屋敷から去って行った。

 事態の展開についていけず、私は玄関の前でたたずむ。


「シルヴァお兄ちゃんと私は、結婚したの……?」


 偽装結婚。

 爵位がほしくて余程焦っていたのだろうか――?

(また自分の意見が言えずに、流されてしまった……結婚まで流されてしまうなんて……)

 だけど、もう一生結婚できないと思い込んでいたので、誰でも良いから結婚できればと思っていなかったかと言われれば嘘になる。

(そばに誰かがいてくれるだけ、すごく幸せなことだって、周りから皆がいなくなってしまったからこそ良くわかる……)

 見知らぬ人物と政略結婚することだって多い中、見知った幼馴染――しかも騎士として名高い人物だったなんて幸せな気がしてくる。

 ただ、それが偽装結婚でなかったらの話だが――。

 ――とはいえ――。

 嵌められた指輪に目をやる。

 太陽の光で翡翠の碧が、まるで新緑の若葉のようにきらきらと輝いていた。

「偽装結婚なのに、こんなに高いものを準備するのかしら……?」

 けれども、ふと抱いた自分に都合の良い考えを即座に否定する。

(婚約破棄を経験したばかりで、すぐには誰も信用できそうにはない……)

 かすかに芽生えた淡い期待を胸の奥底にしまったのだった。


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