悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
セピアが子どもの父親であるクラーケを手放すという意味が私には理解できなかった。
「どうしてクラーケを手放すんですか……? だって、貴女のお腹にいる子どものお父さんなんでしょう?」
次の彼女の言葉に、衝撃を受けることになる――。
「子ども? そんなものおりませんわ……あの産院で子どもがいるように、証明書を偽造してもらっていましたのよ……妊娠していると言ったら、クラーケも貴方を捨てざるを得ないですし……何より、リモーネ伯、貴女がより苦しんでくださると思っていましたのよ」
セピアは嬉しそうに微笑んでいた。
確かに彼女の腹部は周期のわりには膨れてはいない。
だからこそ、わざわざ出向く必要のない産院に出向いていたのだと、納得もいった。
彼女の人を傷つけようとする醜い心が、全くと言って良いほど理解できなかった。
「赤ちゃんは……道具じゃありません……」
だが、セピアにはその言葉は届かなかったようだ。
彼女のヒールから、手がやっと解放された。
(一つだけ気になることがある)
「どうして、色々私に教えるの……知られたら困るんじゃ?」
偽りではなく真実が分かったのは良かった。
いくら薬で気分が高揚しているとはいえ、セピア公爵令嬢にとっては、知られたら不利になる情報のはずだ。
「あら? リモーネ女伯爵、私の心配をしてくださっているの? でも。御心配には及びませんわ……」
彼女はくすくすと笑い始めた。
「あいにくですが、あなたには今から、『奪われた婚約者と一緒に無理心中をした女伯爵』として後世に名を残していただきます……薬で動けなくなっている貴女とクラーケは、この廃墟の中で焼け死ぬのです」
「え……?」
言葉の意味が分からず問い返す。
「新婚早々、子どもも流れ、未亡人になった可哀想な私は……今度こそ、シルヴァ様と結婚させていただきますわ……殺人者の妻を持った伯爵に手を差し伸べる優しい天使にわたくしは生まれ変わりますの……」
私に向かって、セピアは悠然と微笑んだ。
「それではご機嫌よう、リモーネ伯……誰かが助けに来たとしても、ここは建物の最上階、助かりませんことよ……それでは、来世で再会しないことを祈っておきますわ」
そうして彼女は去って行ってしまった。