悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――

第11話 私ははめられたんですか、お兄ちゃん?



 燃え盛る廃墟の中――。

 私を横抱きにしたシルヴァが、窓に向かって駆けだした。

 ガラスが大きな音を立てて割れる。

 私たちの後ろから、爆風が押し寄せてきた。

 そのまま二人の身体ごと、肌寒い夜空へと放り投げだされる。

 一瞬の浮遊感の後、一気に身体に重力がかかった。

 そのまま暗い地面の底へと吸い込まれる。

 ふと、走馬灯のようにこれまでの思い出が蘇ってきたのだった――。



※※※



「シルヴァお兄ちゃんにお願いがあるの」

「なんだ? リモーネ」

 幼い頃の私が、まだ美少年だった頃のシルヴァに声をかけた。

「わたし、大人になったらシルヴァお兄ちゃんと結婚したい。結婚したら、お兄ちゃんの瞳と同じ碧色の宝石の指輪をはめたいの……」

 私の願いに対して、彼は曖昧に微笑み返す。

「リモーネ、嬉しいけれど……俺は平民だから、お前と結婚することは出来ないんだ」

「どうして? おかしい、そんなの……同じ人間同士なのに……」

 そう言って、泣き始めた私の身体を、シルヴァはそっと抱きしめた。

「そうだね……俺がせめて、何らかの爵位をもらえるような、偉い人間になれたなら……」



※※※



 次に浮かんだのは、シルヴァが騎士学校へ向かう時のことだった。

 高熱に浮かされていた自分が彼に放った言葉を思い出す。
 あの時の私は、幼馴染の彼が自分の元を去るのが寂しくて仕方がなかったのだ。

「シルヴァお兄ちゃんの嘘つき――! 大っ嫌い――!!! 屋敷から出て行って――! もう帰って来ないで――!」

 本当はシルヴァと離れるのが辛かった――なのに出た言葉はそれだったのだ。


※※※



(ああ、そうか……私は……シルヴァお兄ちゃんと結婚したいって自分から言ってたくせに……それに、この間みたいに別れ際に、シルヴァお兄ちゃんに嫌いだって言ってしまって……)

 そうして、彼のことを思い出すのが辛くなって、記憶に蓋をしたのだった。

 異性として好きだった幼馴染ではなくて、ただの幼馴染として記憶にとどめてしまえば楽だったから――。

(お兄ちゃんに、あれだけ嘘つきって言っておきながら、私の方こそ嘘つきだったわ――)

 ずっと、自分の気持ちや記憶に嘘をついて生きてきたのだ――。

 そう思った瞬間、身体が何かに叩きつけられたかのように感じた。

(水……!?)

 鈍い痛みが走る。

 先ほどまで煙を吸っていたはずなのに、突然口の中から水が入り込んできて、混乱してしまう。
 肺に息をとりこめない。
 完全に混乱してしまい、水の中でもがいていると、身体を大きな手に引き上げられた。

「……いやっ、どうなって……!? ……んんっ……!」

 混乱していると、唇を何かに塞がれた。
 肺で呼吸ができるようになってくる。
 次第に、痛みも去って行き、段々と状況が分かってきた。
 唇を塞いでいたものが、離れる。

「リモーネ……もう大丈夫だ――足も着くだろう?」

「――お兄ちゃん……私……」

 優しいシルヴァの声が耳に聴こえると、ほっとして、また涙が溢れてきた。


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