悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
彼は何も答えなかったが、しばらくすると、首を縦に振った。

「お前に嫌われたと思って、ずっと……」

「――ずっと、本当は会いに来てたのに、隠れて私のことを見ていたの――?」

 私の発言を聞いて、シルヴァは碧色の瞳を真ん丸に開いた。

「リモーネ、気づいていたのか……?」

「私は気づいていなかった。だけど、孤児院の子どもたちが言っていたから……」

 ますますシルヴァは気まずそうにしている。
 そうして、彼は自嘲気味に口を開いた。

「陰でこそこそ男らしくないだろう? こんな見た目だ……勝手に周りが、硬派だ、寡黙だ、仕事ができる、剣の腕が立ちそうだ……噂は数多くあれど、実際の俺は、寡黙や硬派なんかじゃなくて、お前に嫌われるのが怖くて何も言えなかっただけに過ぎない……」

 寡黙だと言われるいつもの彼とは違って、今日の彼はよく自分の気持ちを吐露する。

「それこそ振られるのが怖くて……爵位目当てだ、偽装結婚で良いと嘘をついたんだ……俺はそれで、自分の心を守れたけれど、結局は嘘をついたことでお前を傷つけてしまった――クラーケ侯爵やセピア公爵令嬢と、それこそ何も変わらない……」

 シルヴァはぎゅっと拳を握った。

「本当のことをいつ言おうか、ずっと悩んではいたけれど……結局言い出せないうちに、どんどん言い出せなくなっていって……」

 自己嫌悪に苦しんでいるシルヴァの元に近づくと、そっと彼の握る拳を、両手で包み込んだ。

「リモーネ……」

「私も、お兄ちゃんにずっと嘘をついていたわ……」

「嘘……?」

 私はこくりと頷くと、彼の碧色の瞳を覗きながら告げた。

「私もお兄ちゃんに、大嫌いって嘘をついたもの……」

 シルヴァが息を呑むのが分かる。

「お母様も亡くなっていて、お父様も忙しくて、シルヴァお兄ちゃんをずっと頼りにしていたのに――騎士学校に行くって言ったお兄ちゃんに、なんだか見捨てられちゃうような気がしたの……高熱だったとはいえ、あんな本心とは違うことを……」

 懺悔するように、私は続けた。

「そうして、本当にシルヴァお兄ちゃんが帰って来なくなって……悲しくて、自分で自分の気持ちや記憶に嘘をつくようにした……自分が口走ったことが原因で、お兄ちゃんが私に会いに来ないんだって思ったらつらかったの……」

 シルヴァは黙って私の話を聞いていた。

「誰かに捨てられるのが怖くて、好きだって思いこんでいたクラーケにすがって、お金を貸したり必死につくしたりしたわ……でも、私が本当に会いたかったのは――好きだったのは――」

 最後、声が上ずってしまった。感情的になってしまって、声が締め付けられるようだ。
 涙がこみあげてきて、止まらない。

(私が好きなのは――)

 
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