悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――

 事件からひと月が経った頃――。

 シルヴァの話では、元婚約者であるクラーケ元侯爵と、セピア元公爵令嬢は地下牢に入れられ、罪人としての日々を送っていると聞いた。彼女の父親であった将軍は、自分から責任を取ると言い、辞任したそうだった。今は国の南東に浮かぶ流刑の島に流れていったらしい。

 ちなみに、私は気づいていなかったが、あの事件の指揮をとっていたのはシルヴァだったそうで、新しい領地と領民を国王陛下から賜ることになった。
 シルヴァの出世を阻むものはなく、これからも期待しているとの言葉を得るに至る。

 そして、私の悪評については、結局のところセピア公爵令嬢の流した嘘だったと分かり、次第に消えていった。むしろ貴族やご令嬢、騎士達に至っては、謝罪の品を送りつけてくるものまでいる始末だった。

 そうして――。



※※※



 市街地にある教会で、シルヴァと私は結婚式をあげることになった。

 父の喪が重なっていたこともあり、婚約式は挙げれないでいたのだが――結婚式は絶対にやりたいと、なぜかシルヴァの方が言い張ったのだ。

 鏡に映る私は、栗色の髪を高く結い上げ、レースで出来たヴェールで顔を覆っている。頭の上には、きらきらと光る銀のティアラが載っていた。
 純白のドレスは、袖がないもので、胸を覆うだけのもののため、胸のあたりがちょっと心もとない。長い裾はパニエでふんわりと拡げられており、とても可愛らしいものである。

 これから式と言う時に、なぜか椅子に座るシルヴァは、いつも以上に不愛想だった。
 騎士団の習わしで、結婚式でも彼は騎士団の黒いコートを着ている。


「シルヴァお兄ちゃん、なんでそんなに不機嫌なの――?」

 すると、彼は予想外の答えを返してきた。

「リモーネ……お前の愛らしい、ウェディングドレス姿を、他の騎士達に見せたくないんだ――」

 低い声音で、そんなことを言ってきた。

「別に騎士の皆様に見せても――それに私、舞踏会なんかに行っても、誰にも声をかけてもらえなくて――」

「いいや、リモーネ、お前は何もわかっていない……! お前は、物静かで清楚なご令嬢だ、天使だなんだと人気で……クラーケ侯爵がいようがいまいが、他の男たちはずっとお前の噂をしていて……俺は、そいつら一人一人に声をかけて、どれだけ気をもんだと思っているんだ――」

 彼の言葉を聞いて、目を見張る。

(……舞踏会で、クラーケ以外からは声がかからなくて、皆に嫌われてるって思いこんでいたけど……お兄ちゃんの仕業だったの……?)

 ちょっとだけ、彼に対して呆れてしまった。

 そんななか、彼が私に耳打ちしてくる。

「式が終わったら……その、綺麗な姿のままのお前を愛したい――」

「え――!?」

(それってつまり、このウェディングドレス姿の――)

 彼の率直な求めに、私の頬はみるみる紅潮していく。

(お兄ちゃん、嘘はつかなくなったけど、あまりにも正直すぎるわ――)

 心臓がどきどきと高鳴る。

 ちょうどその時――教会の一室に、孤児院の子どもたちが雪崩れ込んできた。

「うわあ、お姉ちゃん、絵本に載ってるお姫様みたいで、すごく綺麗――!」
「可愛い――!」
「本当の天使のお姉ちゃんになったね――!」

 皆が一様にほめてくる。
 子どもたちの笑顔が眩しくて、なんだかそれだけで嬉しくなってきた。

(なんだかすごく幸せだわ――)

 シルヴァは男の子たちに、先に連れられていった。

 私も、女の子たちに連れられて、教会の扉へと向かう。

 色とりどりの鮮やかなブーケを手に持たされると、ふわりと甘い香りが漂った。

 ゆっくりと荘厳な扉が開かれる。

 艶のある木製の席が何列も並んでいる間に、花びらがばらまかれた通路が見えた。

 奥には祭壇が見え、その上には十字架と、それに巻き付いた竜の姿。

 その下には――愛する幼馴染の青年騎士シルヴァが立っている。

 騎士や子どもたちに花びらをまかれるなか、ゆっくりと彼の元へと歩む。

 ステンドグラスの窓からは陽光が差し込み、床を蒼や碧と、色鮮やかに揺らめかせた。

 二人で並び立つと、神父が口上を述べる。

 そして――。


「それでは、誓いのキスを――」


 並び立ったシルヴァがヴェールを持ち上げると、私にゆっくりと唇を近づけてくる。



 不愛想で寡黙な騎士様が求婚してきた、本当の目的は、爵位や身体や、そんなものではなくて――。



「いつまでも、お前だけを愛しているよ、リモーネ」


 彼の唇が私のそれに重なる。


 ――彼の本当のお目当ては、私の心を手に入れること――だったのでした。









(本編完)


< 44 / 61 >

この作品をシェア

pagetop