悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
後日談 お兄ちゃん、ここは神聖な場所です
時刻は夕暮れ時。
多くの参列者たちに祝福された、彼らを見送った後、シルヴァと私は教会に残っていた。正面の壁に設置された、竜の巻き付いた十字架の下にある聖壇の前に、二人で佇んでいる。
二人だけになった教会の中には、生花の甘い香りが漂っていた。
民たちの帰宅を促すための鐘の音が、窓の外から聴こえてくる。
まだ眩しさの残る夕陽に、シルヴァの銀色の髪が橙色に照らされていた。
「お兄ちゃん、皆にお祝いしてもらえて本当に嬉しかった」
「良かった、リモーネが喜んでくれたのなら」
普段は不愛想なシルヴァが、私に向かって満面の笑みを向けてくる。
嬉しくなって、私は左手を唇に当てて微笑んだ。その時ちょうど、自身の左手の薬指に光る、翡翠のついた婚約指輪と、銀色に光る結婚指輪が目に入り、ますます気持ちが上向いてくる。
「そうだ、リモーネ。俺に話したいことというのは――?」
「婚約指輪も結婚指輪ももらっちゃったから、お兄ちゃんにプレゼントがあるの」
彼に問われた私は、聖壇の上に隠しておいた、彼への贈り物を手に取った。
宝飾品をしまう黒い箱を、そっと開く。
中から、アメジストの粒が散らばる、銀で出来たカフスボタンを取り出した。宝石が、きらりと紫の光を放つ。
「お兄ちゃんの瞳と同じ、碧色の宝石がついた結婚指輪をもらったから、私からは、私の瞳の色をしたカフスボタンを……」
彼は碧色の瞳をやわらげながら、私の掌からカフスボタンを受け取ると、さっそく袖に装着した。
「リモーネ、ありがとう。お前だと思って大事にする」
シルヴァが心底嬉しそうな声でそう言うので、私の心臓はドキンと大きく跳ねた。
(良かった、シルヴァお兄ちゃんに喜んでもらえて……)
私が微笑んでいると――。
「実は、俺もお前に、指輪以外にプレゼントがあるんだ」
そう言うと、騎士団の黒いコートの懐から、同じく細長い黒いケースを取り出してきた。
ケースの中には、涙型をした碧色の宝石がついたイヤリングが仕舞われている。
国の南に位置する、海のような煌めきを宝石は放っていた。
「シルヴァお兄ちゃん、すごく綺麗……」
「結婚指輪は翡翠だっただろう? 今回は、エメラルドにしてみたんだが……」
非常に透明度の高いエメラルドで、私はうっとりと眺めてしまう。
「お兄ちゃん、これ……下手したら、指輪よりも高かったんじゃ……?」
翡翠ももちろん高価な代物だ。けれども、通常、エメラルドは傷つきやすく、純度の高いものはなかなか出回らない。こんなに煌めくほど透明感のあるエメラルドならば、翡翠に比べて相当値段は高かったはずだ。
「独身時代の給金をとってあったから、それで購入したんだが、まずかっただろうか? 伯爵家の財産として、お前に渡した方が良かったのか……?」
シルヴァは真剣に悩んでいるようで、低い声で唸っている。
(お兄ちゃん、やっぱり面白い)
私はケースからイヤリングを受け取ると、さっそく耳につけてみた。
「ううん、大丈夫よ。シルヴァお兄ちゃん、すごく嬉しい、ありがとう」
そうして、彼に微笑みかけようとしたところ――。
「んっ……」
唇に何か柔らかいものが触れた。
すぐにそれが、シルヴァの唇だと分かる。
しゃらりとエメラルドが揺れた。
「んんっ……あ……」
彼の舌が、私の唇をこじあけ、歯列をなぞる。そのまま歯の間へと舌が滑り込み、内側の粘膜を這い始める。