悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
結婚式から数月後。
あの教会で出来た子どもなのかどうかは、神のみぞ知るところだが――。
――私とシルヴァの間には、子どもが出来た。
「リモーネ、重いものを持ったらダメだ。ほら、ドレスの裾を踏みつけそうだ――そこに座れ――」
私が書類を抱えて移動していると、シルヴァが口うるさく声をかけてきた。
「このぐらいは大丈夫よ、お兄ちゃん、過保護すぎるわ」
「いや、お前は子どもの頃からだな、隙がありすぎて――俺はいつも気が気じゃなくてだな――」
「もう、大丈夫だってば――」
彼は碧色の瞳を和らげると、うっかりと何かを口走った。
「まあ、お前が隙だらけだったからこそ――数年来の計画がうまくいったわけだが――」
「え――?」
シルヴァがなんとなく気になる発言をする。
(数年来の計画って何かしら――?)
だけど、結局彼の答えを聞くことは出来なかった。
軽口を叩き合っていると、シルヴァが私の身体をそっと抱き寄せる。
そうして、優しい手つきで、彼が私の腹部を撫でてきた。
「リモーネ――俺の子どもを宿してくれて、本当にありがとう――」
「お兄ちゃん……」
「俺には、お前が赤ん坊のころから世話をしてきた経験がある。一人で抱え込む前に、ちゃんと俺に相談しろ。なぜか周りでは女性にだけ育児をさせる風習があるが、俺は子どもは二人で育てるべきだと思っている」
最近は嘘をつかず有言実行の男になったシルヴァは、言葉通り、子どもを一緒に育ててくれる素敵なお父さんになりそうだなと思った。
そうして彼は、私にちゅっと口づけてくると、こう言った。
「小さい頃から、俺にはお前だけだ――愛しているよ――俺の可愛いリモーネ」
最初は嘘から始まった結婚だったけど――二人の関係は、もっと前から始まっていて――
偽らず、取り繕わず――ちゃんと素直になれた私たちは、末永く幸せに暮らすことが出来たのでした。
※※※
大陸の中ほどに位置するエスト・グランテ王国。
当時、東西に分かれていた国の統一を果たし、エスト・グランテ王国を興したとされる、銀色の髪に紫色の瞳を持った青年――「真の王」と呼ばれる英雄。
彼の父親は、東側の国の将軍だったシルヴァ・エスト。愛妻家として有名な彼だが、かなりの戦術家だったと言われており、彼と子の戦術指南書は後世まで長く愛読されることになる。
シルヴァ・エストの子孫である、大陸および歴代最強と名を馳せた軍神デュランダル・エスト・グランテは、この戦術指南書に書かれている内容を好んで使っていたと言われている。
シルヴァ・エストの姓は、王国の新たな名に引き継がれることとなる。
長い間、彼の子孫たちが、国の統治を担っていった。
英雄には特殊な生誕の伝承がつきもので――「真の王」についても、彼の両親が、神の前で愛し合うという儀式をおこなった結果、神から授けられたのだという噂が、まことしやかにひろまっていた。
この噂がどこから変遷したのかは、まだ調査の段階であるが――エスト・グランテの王族に嫁ぐ際には、とある儀式が、新生エスト・グランテ王国国王シュタール・エスト・グランテによって廃止されるまで続けられていたという。
――まさか、この儀式の発端が、「真の王」の両親たる二人の思い付きだったとは、後の歴史家たちも気づけるはずはないのだった。