悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
「じゃあ、行ってらっしゃい、シルヴァお兄ちゃん」
早朝、屋敷の門の前で、城に出仕するシルヴァの頬に私はちゅっと口づけた。
「ああ、リモーネ、行ってくる」
すると、シルヴァも私の頬に口づけ返してくる。
「ねえ、お兄ちゃん、私に何か言っておくことはない?」
騎士団の黒いコートを翻しながら、馬に乗ろうとする彼の背に向かって、私はそう問いかけた。
だが――。
「リモーネが心配するようなことはないな」
「……そう、分かったわ」
「じゃあ、リモーネ。今日もなるべく早めに帰ってくる」
そうして、愛馬に乗って、彼は仕事へ向かった。
そんな彼の背を黙って見つめていた私だったのだけど――。
今日は、少し門から出て、彼の行き先を観察することにした。
ちょうど、城に向かう分岐が、通りの向こうにあるのだが――。
「お兄ちゃん、やっぱり……」
シルヴァは、目的地とは反対の道へと馬と共に姿を消したのだった。
先日、たまたま彼が忘れ物をした時に、逆方向に向かっていることに気づいたのだ。
「あやしい……」
そう――最近の気がかりというのは、彼が私に何か隠し事をしているということだった。
「お兄ちゃん、どうして、私に隠し事をしているの……?」
胸に両手を当てて考える。
(浮気なんかではないと思うのだけど……)
今までの自分だったら、何も言えずに我慢し続けていただろう。
(だけど、シルヴァお兄ちゃんと結婚して、私は成長できた)
タコな元婚約者に振られて絶望していた、あの頃の私とは違う。
「よし……!」
――とある決意を胸に、私は出掛ける準備をはじめたのだった。