悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
巨大な壁に取り囲まれた先、王城の尖塔が見える。
金で出来た門扉を馬車がガラガラと通過した。
「シトロニエ伯、着きました」
御者に促され、私は馬車から降りた。
女伯爵である私は、通行証を見せれば、城庭までの出入りは自由に出来る。
芝生に覆われた場所に、私は足を降ろした。
空気は澄み渡り、遠くに見える噴水の水がキラキラと陽光を反射している。
庭には貴族たちが談笑したり、小さな子どもたちがきゃっきゃっと遊びまわっていた。
グランテ王国の王庭は、貴族に対してわりと開けた場所だと言えよう。
(門の前で待つのが確実かしら? それとも、馬で来るから厩舎? それとも……)
悩んでいると、どんと背後に何かぶつかる。
「きゃっ――!」
「きゃあっ! ごめんなさい!」
甲高い声が聴こえたので、振り返るとそこには、小さな女の子が座り込んでいた。
どうも私にぶつかって、尻もちをついてしまったようだ。
「ごめんなさい、大丈夫でしょうか?」
どこかのご令嬢だろう。
金髪碧眼の麗しい少女に、私は手を差し出した。
「こちらこそ、鬼ごっこで男の子たちに負けまいと、勢いよく走ってしまったものだから――あ、貴女はリモーネ・シトロニエ伯では?」
突然少女に私は名を呼ばれる。
「はい、そうです」
「シルヴァ・エスト騎士団長の奥様の……!」
一時期、セピア公爵令嬢と恋仲のクラーケを奪った悪女として、私は名を馳せていた。
だから知られているのだろうかと思ったのだが――。
突然興奮したかのように、少女がまくしたてはじめた。
「悪事を働いていた将軍一家から国を救った英雄――リモーネ様もシルヴァ様も、子どもたちの憧れなんです!!」
「ええっ――!?」
意外な話の流れに私は驚きの声を上げた。
少女の話を私は黙って聞くことにする。
少し男勝りな印象の強い彼女は、溌溂とした喋り方をしていた。
どうやら、セピア公爵令嬢に攫われた一件は、皆の間でも有名なようだ。
間接的に将軍一家を国から追い出した格好となっていたことに改めて気づかされる。
「燃え盛る廃墟から、リモーネ様を抱きかかえたまま飛び降りた騎士シルヴァ様の雄姿は絵姿にもなっていて――!」
(なんだか、知らないところで大変なことになっているわ……!)
はっとした少女が、私に謝ってくる。
「ごめんなさい、はしゃいでしまいました。女だてらに騎士を目指していまして、貴女様の夫君の下で働くのを夢見ています。お二人に御子が出来たら、ぜひ仲良く――いいえ、お守りさせていただきたく思っています。どうぞよろしくお願いいたします」
――突然子どもの話が出てきて、心臓がドキドキしてしまう。
(シルヴァお兄ちゃんと私の子ども……!)
「子どもはまだおりませんが、いつかできたらお願いしますね。お名前をおうかがいしてもよろしいですか?」
私が尋ねると、少女は嬉々として答えた。
「ペルセと申します! ペルセ・アントニウス。アントニウス伯爵の娘です」
「ありがとうございます、ペルセ様」
「いいえ、こちらこそ……その……リモーネお姉様とお呼びしてもよろしいですか? ずっと、影で見ていて……」
恥ずかしそうに両手を頬に当て、少女は首を振っていた。
(男の子のような印象もあったけれど、女の子らしいところもあるご令嬢だわ……)
「ええ、喜んで」
ペルセ伯爵令嬢は満面の笑みを浮かべている。
(シルヴァお兄ちゃんの謎を探るべく城に向かったら、まさかの妹分が出来てしまった)
「そうだ、リモーネお姉様」