悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――


「俺が悪かった! お前を見ていたら意識が飛んだんだ!!!」


 ――気づけば、お兄ちゃんは床に土下座していた……。

(意識が飛んだ……?)

 そんな風には欠片も見えなかった。

 心を防衛しているのか、以前からシルヴァお兄ちゃんには、こういう言い訳がましいところがある。

(普段の不愛想で寡黙なところはどこへやら、ものすごい勢いで謝ってくるから、怒るに怒れないのよね……)

 それに――。

(この隙に、私も畳みかけるしかない――!)

 そう心に決めた私は、彼に向かって問いかけた。

「お兄ちゃん、その、朝もどうして逆方向に向かっているのか教えてもらえる……?」

「それは……」

 だけど、シルヴァは言葉に詰まって、それ以上は何も教えてくれない。

「どうしても言えないことなの……?」

「……」

 やっぱりシルヴァは答えてはくれなかった。

 ちらりと彼を見やる。

 ――作戦を変更するしかない。

 そう思って、問いの種類を変えることにした。

「……教えてくれたら、シルヴァお兄ちゃんの願い事を一つだけ叶えようと思うんだけど……」

 ちらちらと彼の表情をうかがう。

 周りから見たら無表情(以下略)、シルヴァはかなり迷っているようだった。


「リモーネっ……願いというのは……なんでも良いのか?」


「ええ、なんでも大丈夫よ」


 すると、シルヴァが例えを上げてくる。

「その……例えば、休日の膝枕とか……」

「ええ」

「毎朝出発のキスに加えて、『シルヴァ、大好き』と付け加えてくれるとか……?」

「え、ええ……」

(なんでもは言い過ぎたかしら……?)

「毎晩、その……」

(その……?)

 そこには、寡黙な青年の姿はなく、煩悩にまみれた饒舌な男の姿があった。

 無表情なシルヴァは、次の言葉をためらっている。

 だが、しかし――。

 ――ガンっ。

 激しい音が聴こえたかと思うと、シルヴァが床に頭を打ち付けているところだった。

「お、お兄ちゃん! 怪我しちゃうわ!」

「すまないリモーネ……いかに愛するお前の願いであろうとも、俺には、彼らを裏切ることなど――どうしても、今は――」

 苦し気に呻くシルヴァを見て、私はふうっと息を吐いた。

 決してシルヴァを追い詰めたいわけではない。

(浮気ではやっぱりなさそうだし……)

「分かったわ、お兄ちゃん。その代わり、教えることが出来るようになったら、教えてもらえる?」

「もちろんだ、リモーネ……!」

「きゃっ……!」

 がばっと立ち上がった彼は、私に抱き着いてくる。

(あ……!)

 お腹のところに、彼の猛りがぶつかってきているのが分かって、途端に恥ずかしくなる。

「リモーネ……」

 彼の言わんとすることは分かるのだが――。

「でも仕事の時間で……」

 しかし、シルヴァはめげずに告げてくる。

「このままだと仕事に差し障りが出る……良かったら……」

(お兄ちゃんの言い方は、いつもずるいわ……)

「あっ……」

 ――結局、彼の執務室で、情事は再開されたのだった。

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