悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――


 そうして数日後――。

 シルヴァお兄ちゃんに連れられて、私はとある場所へと向かった。

 そこは以前来たことのある場所だ。
 霊峰へと向かう途中にある、林の群生地。
 川で足を洗った後、そっとシルヴァに口づけられた日のことを思い出す。

「お兄ちゃん、どうしてこんなところに……?」

 だが、彼は黙って私の手を引くだけだ。

 不思議に思っていると開けた場所に出た。

 そこには――。


「わあ……!」


 見渡す限り可憐な花が咲き乱れる場所。
 白く、甘い香りを放つ、その花は――。

「――ハルジオン?」

 可憐な小さな花がさやさやと風に揺れ動く。

 そうして、その花々の向こうには――。

「お姉ちゃん!」
「天使のお姉ちゃん、良かった!」

「皆、どうしたの?」

 孤児院の子どもたちが何人も立って待っていたのだった。

 彼らは私に近付くと、シルヴァお兄ちゃんから引き離して花の方へと連れて行く。

「お姉ちゃん、今日は何の日だか、覚えてないの――?」

「ふふふお姉ちゃんったら、忘れっぽいんだから」

 子どもたちが口々に言うが、何の日だっただろうか――。


「あ!」


 思い出した、そうだ、今日は――。

「リモーネ、お前の誕生日だよ」

 シルヴァお兄ちゃんが昔のように爽やかに笑っている。

 言われるまで忘れてしまっていた。

 すると、子どもたちがくすくすと笑う。

「やっぱりね、リモーネお姉ちゃんったら」

 シルヴァが彼女たちの後を継いだ。

「孤児院の子たちが、いつもお世話になっているリモーネに、何かプレゼントしたいと言っていたんだ。あと、驚かせたいって――俺たちが結婚する前から、花の種を植えたりしていたみたいでな――とはいえ、毎日管理には来れない。だから、俺が代わりに毎日、花の様子を見に来ていたんだ」

(そうだったの――!)

 だから、最近のシルヴァは城とは反対に向かっていたのだ。

 そうして、子どもたちが誕生日を祝う歌を一斉に歌いはじめた。

 じわじわと彼らの厚意が胸にしみわたってきて、だんだん視界が滲んでくる。


「皆、ありがとう……」


 婚約破棄の後、根も葉もない噂を流され、使用人たちも去り、孤独になった日。

 あれからしばらくが経ち、シルヴァと結婚し、子どもたちにも囲まれている現在。

 涙が零れて止まらない。

「ありがとう、本当に……皆、ありがとう……」

 そんな私を見て、子どもたちがシルヴァをせっついた。

「ほら、変態のお兄ちゃん、リモーネお姉ちゃんのところに行ってあげて!」

 子どもたちに促され、シルヴァが私の元へと近づいてくる。

「リモーネ」

 そうして寡黙で不愛想な夫が、私のことをそっと抱きしめてきた。

 子どもたちからは歓声が沸く。

「これから先、どれだけ年を重ねてもお前だけを愛しているよ」

「シルヴァお兄ちゃん……」

 花の甘い香りと子どもたちの明るい声に包まれて、幸せな誕生日を迎えることが出来たのでした。

 ――子どもが出来たお祝いは、また別の日のお話。

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