君との恋の物語-Blue Ribbon-
原点回帰
あぁ。困ったな。
今回ばかりは本当に困った。
基本的に私は、凹むことがあってもあまり引きずらないようにしている。
いつまでも落ち込んでいてもしょうがないし。
って思うんだけど、今回は全然ダメ。考えるのをやめられない。
事の発端は恒星が初めて仕事をもらえて、私にはまだそれがない事なんだけど…。
音楽の仕事なんて、そんなに簡単にもらえるものでもないし、そもそもまだ大学1年生なんだし、チャンスなんてこれからもあるんだからそこまで気にすることでもないんだと思う。
でも、それでも考えてしまう…。
これからもずっと仕事が来なかったら…?恒星だけがどんどん売れていって、取り残されてしまったら…?
そんなことばっかり考えていたら、最近、楽器を吹いていても楽しく無くなってきてしまった。
私は、なんのためにクラを吹いていたんだっけ?
こういうことはどうしても無限ループになる…。
いや、そもそも私は、音楽が好きでクラが好きでやってきたんだから、それだけでいいはずなのに…。
こういう気持ちのままでは練習なんてしたってしょうがない。
私は、授業が終わると学校を出て、そのまま帰ることにした。
って言ってもこのまま帰ったってやることもないし、引きこもりみたいになるのは嫌なので、適当に寄り道して行こうと思った。
乗り慣れた電車。1時間ちょっとかかるこの電車にもだいぶ慣れて、時間の使い方も覚えてきたけど、今日は何もしないで外を見ていた。
大学に入った当初、電車の窓から見える景色は青々としていた。
木々葉鮮やかな緑で、日差しも明るくて。これから始まる大学生活がすっごく楽しみだった。
その見慣れた景色も、今は少し変わってきた。木々の色は、枯れ葉の色に変わってきて、日差しは、よく言えば穏やかに、悪く言えば弱々しくなって、少しずつ肌寒くもなってきている。
当たり前よね、秋なんだから。もうすぐ冬になるんだから。
私は、基本的に嫌いな季節はあまりない。
季節ごとに楽しみ方はいっぱいあるし、あんまり季節感に左右されないんだけど、今はなんだか、秋を寂しいと感じてしまう。
この寂しさには、ちゃんと終わりはあるのかな?
私は、また楽しく音楽できるのかな…?
…。そっか。こう言う時は、原点に帰ってみるのもいいかも。
どうせ他に何もする気になれないんだし…。
小山駅で乗り換えて、宇都宮まで戻ってきた。
今日は比較的授業の少ない日だったのでまだ15時半くらいだった。
携帯を取り出して、目的の人物の番号を呼び出す。
何年ぶりだろ?番号、変わってないといいけど…。
そのまま発信ボタンを押して耳にあてた。
…
……
………
相手は、3コール程で電話に出た。早い。
『もしもし』
「あ、もしもし、須藤先生のお電話で…」
『おー!結ちゃん!久しぶり!どうした?』
先生、変わってないな。
少しお話ししたいと伝えると、察したのかどうかわからないけど、学校においでと言ってくださった。
今私が電話をした相手は、須藤優子先生。私が通っていた中学の吹奏楽部の顧問の先生だ。
先生は、私が1年生の時からずっといる先生で、出会った時には既にベテランだった。
明るくて元気で、私に音楽の楽しさを教えてくれた、今でも尊敬している先生だ。
私が教師を目指すきっかけになった先生だ。
学校に着くと、来賓用の玄関に向かう。
懐かしいな。何にも変わってない。
校門脇にある大きな時計も、校舎の目の前にある大きな欅の木も。
玄関に着くと、もう先生が立っていた。
『いらっしゃい。結ちゃん。元気だった?』
先生の笑顔を見て、私も自然と笑顔になった。
「はい。先生も、お元気そうで。」
なんだろ、ちょっと泣きそうになった。
『さ、上がって。お茶でも飲もう!』
私の様子から察したのか、先生は私を応接室に通し、一度出ていった。
大きな急須と湯呑みが二つ、それに、お茶菓子の入った木目のお椀をお盆に乗せて持ってきてくれた。
『本当に久しぶりね。すっかり綺麗になって。見違えたわ。』
「いえ、そんな。あ、ありがとうございます。」
先生が差し出したお茶を受け取りながら答えた。
『で、今日はどうしたの?なんだか悩みがあるみたいだけど?』
さすがは先生って、当たり前か、教え子が数年ぶりに訪ねてきたんだもん。
「実は、ちょっと、なんて言ったらいいかわからないんですけど…。」
先生はまっすぐに私の目を見ながらじっくり話を聞いてくれた。
そして、いつもの優しい笑顔で言う。
『そっか。結ちゃんもそういう年頃になったか。』
そのまま続ける。
『意外に思うと思うけど、私にも、そう言うふうに悩んだこと、あったんだよ。』
そうなんだ。ちょっと意外。
『ま、私には結ちゃんみたいに素敵な彼氏はいなかったけどね。』
そう言って少し笑った。
『どうしてそんな風に悩むんだと思う?』
どうしてって…。
『それはね、好きなことを仕事にしようとしてるからだよ。しかも、ある意味好きな人とも争わなきゃいけないからだと思うんだ。』
恒星と、争う?
『好きなことを仕事にするって、実はとっても難しいことだと思うんだ。例えば、演奏することが仕事の人は、お金をもらっているんだから、嫌いな曲だって好きな曲だって同じように上手く演奏しなきゃいけないでしょ?』
なるほど…。言われてみれば。
『それに、私みたいに教師をやってたら、どんな生徒にだって平等に接しなきゃいけない。例え嫌いな子でもね。』
「先生に、嫌いな生徒なんて…」
『いるいる!いっぱいいるよ!だって、誰もが結ちゃんみたいに音楽が好きな良い子ばっかりじゃないもん!それも含めて個性だから。でも、それとは別に、私にも好みはあるんだよ。教師って言っても、人間だからさ。』
意外だった。誰にでも平等だった先生にも、そう言う気持ちは、やっぱりあったんだ。
『ゆいちゃんは、中学の時からクラ上手だったもんね。いつだって人一倍努力してたし、何よりクラ吹くの楽しいでしょ?でもね、それで人と争うって、辛いよね。だって、結果を出さなきゃいけないんだから。』
そう、そして私は…
『結ちゃん、結ちゃんは、ちゃんと結果出せてるよ?そりゃ、同じオーディションを同じくらい頑張って同じく合格できた彼氏にだけ先に仕事がきたら、気になっちゃうと思うけど、比べちゃダメだよ?そんなことしたら、頑張ってる結ちゃんに失礼だよ?結ちゃんの努力は、結ちゃんが一番知ってるじゃない。もう少し、自分のこと、褒めてあげたら?私は、中学の時から結ちゃんは誰よりすごい子だって、思ってるよ?』
やばい…涙出そう。
『辛いよね。だって比べちゃう相手が大好きな彼氏なんだもんね。でもね、比べなくていいの。結ちゃんだって、絶対お仕事もらえると思うよ。私はそう思う。それに、彼氏だって、きっと、結ちゃんの気持ちに気付いてると思うよ?でも、なんて声かけていいかわからないんじゃないかな?』
それは、そうかも…。
『辛いと思うけど、こう言うことは、これからもいっぱいあると思う。私にもあったから。でもね、私はそう言う時、こう考えて乗り越えたんだ。』
先生の顔を、改めて見る。
『争うことよりも、楽しむことを大事にすること。まぁ、心掛けみたいなもんなんだけどね。』
『結ちゃん、さっき言ってたオーディションのためにひたすら練習してた時期、辛くなかったでしょ?』
「はい…。」
『それってさ、オーディションなんだから、合格するために頑張るのは当たり前なんだけど、それ以上に上手になってくことが楽しかったからだと思うんだ。もっと言えば、吹くことが楽しかったからだと思うんだ。』
うーん、わかるような、わからないような…。
『若いうちはね、きっと目先の結果に捉われがちだと思うんだけど、オーディションなんてこれから先いっぱいあるし、例え落ちたって、それはその時点でもっと上手い人がいたって言うだけのことなんだから。結ちゃんは結ちゃんのペースで成長して行けば良いんだと思うよ。長い目で見て、ね。』
『目の前の結果だけを見過ぎちゃダメだよ?結ちゃんはちゃんと成長できていると思うから。気にするなって言ってもそれは無理だと思うけど、まだまだ若いんだから、どこまでも上手になれるよ。そしたら、仕事だって自然ともらえるようになるよ!』
「先生…。ありがとうございます。」
『んん、あんまり役に立てないかもしれないけど、いつでも会いにきてよ。たまにはこうやって、お茶しようよ。』
「ありがとうございます。」
先生の大きな優しさに、涙が止まらなかった。
丁寧に頭を下げて、私は中学校を後にした。
まだ、明日から頑張るぞ!とはなれなかったけど、モヤモヤは大分取れた気がする。
私がこれだけ悩むのは、やっぱり音楽が、クラが大好きだからなんだってことは、わかったから。先生、ありがとうございます。
携帯を取り出して、恒星にメールをしてみた。
ゆっくり話したいと思ったから。
返信はすぐきた。
明日、会ってくれるとのこと。
恒星にも、いっぱい心配かけちゃったな。
ありがとね。私、また頑張るから。
今日は、帰ったら少しクラを吹こう。
一番好きな曲がいいな。
今回ばかりは本当に困った。
基本的に私は、凹むことがあってもあまり引きずらないようにしている。
いつまでも落ち込んでいてもしょうがないし。
って思うんだけど、今回は全然ダメ。考えるのをやめられない。
事の発端は恒星が初めて仕事をもらえて、私にはまだそれがない事なんだけど…。
音楽の仕事なんて、そんなに簡単にもらえるものでもないし、そもそもまだ大学1年生なんだし、チャンスなんてこれからもあるんだからそこまで気にすることでもないんだと思う。
でも、それでも考えてしまう…。
これからもずっと仕事が来なかったら…?恒星だけがどんどん売れていって、取り残されてしまったら…?
そんなことばっかり考えていたら、最近、楽器を吹いていても楽しく無くなってきてしまった。
私は、なんのためにクラを吹いていたんだっけ?
こういうことはどうしても無限ループになる…。
いや、そもそも私は、音楽が好きでクラが好きでやってきたんだから、それだけでいいはずなのに…。
こういう気持ちのままでは練習なんてしたってしょうがない。
私は、授業が終わると学校を出て、そのまま帰ることにした。
って言ってもこのまま帰ったってやることもないし、引きこもりみたいになるのは嫌なので、適当に寄り道して行こうと思った。
乗り慣れた電車。1時間ちょっとかかるこの電車にもだいぶ慣れて、時間の使い方も覚えてきたけど、今日は何もしないで外を見ていた。
大学に入った当初、電車の窓から見える景色は青々としていた。
木々葉鮮やかな緑で、日差しも明るくて。これから始まる大学生活がすっごく楽しみだった。
その見慣れた景色も、今は少し変わってきた。木々の色は、枯れ葉の色に変わってきて、日差しは、よく言えば穏やかに、悪く言えば弱々しくなって、少しずつ肌寒くもなってきている。
当たり前よね、秋なんだから。もうすぐ冬になるんだから。
私は、基本的に嫌いな季節はあまりない。
季節ごとに楽しみ方はいっぱいあるし、あんまり季節感に左右されないんだけど、今はなんだか、秋を寂しいと感じてしまう。
この寂しさには、ちゃんと終わりはあるのかな?
私は、また楽しく音楽できるのかな…?
…。そっか。こう言う時は、原点に帰ってみるのもいいかも。
どうせ他に何もする気になれないんだし…。
小山駅で乗り換えて、宇都宮まで戻ってきた。
今日は比較的授業の少ない日だったのでまだ15時半くらいだった。
携帯を取り出して、目的の人物の番号を呼び出す。
何年ぶりだろ?番号、変わってないといいけど…。
そのまま発信ボタンを押して耳にあてた。
…
……
………
相手は、3コール程で電話に出た。早い。
『もしもし』
「あ、もしもし、須藤先生のお電話で…」
『おー!結ちゃん!久しぶり!どうした?』
先生、変わってないな。
少しお話ししたいと伝えると、察したのかどうかわからないけど、学校においでと言ってくださった。
今私が電話をした相手は、須藤優子先生。私が通っていた中学の吹奏楽部の顧問の先生だ。
先生は、私が1年生の時からずっといる先生で、出会った時には既にベテランだった。
明るくて元気で、私に音楽の楽しさを教えてくれた、今でも尊敬している先生だ。
私が教師を目指すきっかけになった先生だ。
学校に着くと、来賓用の玄関に向かう。
懐かしいな。何にも変わってない。
校門脇にある大きな時計も、校舎の目の前にある大きな欅の木も。
玄関に着くと、もう先生が立っていた。
『いらっしゃい。結ちゃん。元気だった?』
先生の笑顔を見て、私も自然と笑顔になった。
「はい。先生も、お元気そうで。」
なんだろ、ちょっと泣きそうになった。
『さ、上がって。お茶でも飲もう!』
私の様子から察したのか、先生は私を応接室に通し、一度出ていった。
大きな急須と湯呑みが二つ、それに、お茶菓子の入った木目のお椀をお盆に乗せて持ってきてくれた。
『本当に久しぶりね。すっかり綺麗になって。見違えたわ。』
「いえ、そんな。あ、ありがとうございます。」
先生が差し出したお茶を受け取りながら答えた。
『で、今日はどうしたの?なんだか悩みがあるみたいだけど?』
さすがは先生って、当たり前か、教え子が数年ぶりに訪ねてきたんだもん。
「実は、ちょっと、なんて言ったらいいかわからないんですけど…。」
先生はまっすぐに私の目を見ながらじっくり話を聞いてくれた。
そして、いつもの優しい笑顔で言う。
『そっか。結ちゃんもそういう年頃になったか。』
そのまま続ける。
『意外に思うと思うけど、私にも、そう言うふうに悩んだこと、あったんだよ。』
そうなんだ。ちょっと意外。
『ま、私には結ちゃんみたいに素敵な彼氏はいなかったけどね。』
そう言って少し笑った。
『どうしてそんな風に悩むんだと思う?』
どうしてって…。
『それはね、好きなことを仕事にしようとしてるからだよ。しかも、ある意味好きな人とも争わなきゃいけないからだと思うんだ。』
恒星と、争う?
『好きなことを仕事にするって、実はとっても難しいことだと思うんだ。例えば、演奏することが仕事の人は、お金をもらっているんだから、嫌いな曲だって好きな曲だって同じように上手く演奏しなきゃいけないでしょ?』
なるほど…。言われてみれば。
『それに、私みたいに教師をやってたら、どんな生徒にだって平等に接しなきゃいけない。例え嫌いな子でもね。』
「先生に、嫌いな生徒なんて…」
『いるいる!いっぱいいるよ!だって、誰もが結ちゃんみたいに音楽が好きな良い子ばっかりじゃないもん!それも含めて個性だから。でも、それとは別に、私にも好みはあるんだよ。教師って言っても、人間だからさ。』
意外だった。誰にでも平等だった先生にも、そう言う気持ちは、やっぱりあったんだ。
『ゆいちゃんは、中学の時からクラ上手だったもんね。いつだって人一倍努力してたし、何よりクラ吹くの楽しいでしょ?でもね、それで人と争うって、辛いよね。だって、結果を出さなきゃいけないんだから。』
そう、そして私は…
『結ちゃん、結ちゃんは、ちゃんと結果出せてるよ?そりゃ、同じオーディションを同じくらい頑張って同じく合格できた彼氏にだけ先に仕事がきたら、気になっちゃうと思うけど、比べちゃダメだよ?そんなことしたら、頑張ってる結ちゃんに失礼だよ?結ちゃんの努力は、結ちゃんが一番知ってるじゃない。もう少し、自分のこと、褒めてあげたら?私は、中学の時から結ちゃんは誰よりすごい子だって、思ってるよ?』
やばい…涙出そう。
『辛いよね。だって比べちゃう相手が大好きな彼氏なんだもんね。でもね、比べなくていいの。結ちゃんだって、絶対お仕事もらえると思うよ。私はそう思う。それに、彼氏だって、きっと、結ちゃんの気持ちに気付いてると思うよ?でも、なんて声かけていいかわからないんじゃないかな?』
それは、そうかも…。
『辛いと思うけど、こう言うことは、これからもいっぱいあると思う。私にもあったから。でもね、私はそう言う時、こう考えて乗り越えたんだ。』
先生の顔を、改めて見る。
『争うことよりも、楽しむことを大事にすること。まぁ、心掛けみたいなもんなんだけどね。』
『結ちゃん、さっき言ってたオーディションのためにひたすら練習してた時期、辛くなかったでしょ?』
「はい…。」
『それってさ、オーディションなんだから、合格するために頑張るのは当たり前なんだけど、それ以上に上手になってくことが楽しかったからだと思うんだ。もっと言えば、吹くことが楽しかったからだと思うんだ。』
うーん、わかるような、わからないような…。
『若いうちはね、きっと目先の結果に捉われがちだと思うんだけど、オーディションなんてこれから先いっぱいあるし、例え落ちたって、それはその時点でもっと上手い人がいたって言うだけのことなんだから。結ちゃんは結ちゃんのペースで成長して行けば良いんだと思うよ。長い目で見て、ね。』
『目の前の結果だけを見過ぎちゃダメだよ?結ちゃんはちゃんと成長できていると思うから。気にするなって言ってもそれは無理だと思うけど、まだまだ若いんだから、どこまでも上手になれるよ。そしたら、仕事だって自然ともらえるようになるよ!』
「先生…。ありがとうございます。」
『んん、あんまり役に立てないかもしれないけど、いつでも会いにきてよ。たまにはこうやって、お茶しようよ。』
「ありがとうございます。」
先生の大きな優しさに、涙が止まらなかった。
丁寧に頭を下げて、私は中学校を後にした。
まだ、明日から頑張るぞ!とはなれなかったけど、モヤモヤは大分取れた気がする。
私がこれだけ悩むのは、やっぱり音楽が、クラが大好きだからなんだってことは、わかったから。先生、ありがとうございます。
携帯を取り出して、恒星にメールをしてみた。
ゆっくり話したいと思ったから。
返信はすぐきた。
明日、会ってくれるとのこと。
恒星にも、いっぱい心配かけちゃったな。
ありがとね。私、また頑張るから。
今日は、帰ったら少しクラを吹こう。
一番好きな曲がいいな。