卒塔婆さん
其ノ壱 卒塔婆さん
ねぇ、卒塔婆さんって知ってる?
これは女学生の間で噂になっている怪談話で、卒塔婆さんというお化けに目を付けられるとあの世へ連れていかれるという話だ。学校によっては、気に入った女学生の魂を抜き取って傍にずっと置いておくという話もある。
見た目は異人さんだったり、少年だったり、紳士的な見た目の中年だったりと様々だが、たった一つだけ一貫している物がある。それは、和外套を羽織っているという点だ。
なら、今私の目の前で不法侵入してきた男を締め上げているのがその卒塔婆さんなのだろうか?
卒塔婆さんが突然振り返り、ばちりと目が合う。底の見えない真っ黒な目をしている。
「あの……貴方が卒塔婆さん……ですか?」
「だったら……どうするの?」
落ち着いた声で卒塔婆さんは言葉を返してくる。声の低さからすると男の人だ。
どうするのかと聞かれたが、正直な話どうしたらいいのか分からない。
ピンっと自分の周りに糸が張り巡らされているような感覚になる。
卒塔婆さんの目を見てしまったからなのか、声をかけてしまったからなのか、身動きが取れない。言葉を発せられない。
私から視線を外すと、彼は和外套の下からその名前の由来になったであろう供養塔を取り出し、私の目の前で男の人の頭をそれで叩く。
すると男の人の頭から黒い煤のような物が立ち上り、卒塔婆さんは口を大きく開けてそれを吸い込んだ。
「キミ達人はとても感情豊かだし、感受性も他の生き物と違ってある。でもその分、負の感情も抱きやすい」
卒塔婆さんが声を発すると、張り詰めた糸が緩んだ気がした。
「そういった物を糧にして僕はこうしてキミの前に現れている」
自己紹介なのだろうか。彼はそう言うと和外套の下に供養塔をしまい込んだ。
男の人がはっと目を覚まし、まるで今まで眠っていたかのように辺りを見回す。
「なんで、俺こんな所に? てか、ここ女子校じゃないか!」
あわてて立ち上がると、男の人は私の事を恐ろしいものを見る目で見てきた。
どうやらこの人には卒塔婆さんが見えてないようだ。
「ち、違うっ……俺は気が付いたらここにいたんだ……不法侵入しようと思って入ったわけじゃない」
地面に膝を着き許しを乞う男の人に、私はどう言葉をかけるべきなのか困った。
「それじゃあね」
卒塔婆さんは男の人をそのままに、立ち去ろうとした。
「そ、卒塔婆さんっ」
思わず呼び止めてしまった。が、彼は立ち止まらなかった。
「教師に任せるか、見逃すかはキミの自由だよ。僕には関係ない」
卒塔婆さんはすぅっと消えてしまった。
「だ、誰と話してるんだ……きみ……」
男の人が震える声で呟く。
「誰でもないです!」
この男の人をどうするか。私が先生を呼んだらきっとこの人の人生は終わってしまうだろう。
しかし、学校に侵入してくる人の言葉を鵜呑みにしていいのか? と疑問が頭を擡げる。
「本当に、本当に何もする気がないのなら。先生が来る前に帰った方がいいですよ。裏門はあっちですから」
と、裏門の方を指さして男の人に言った。これが私の精一杯の考えだ。
男の人はぱっと顔を明るくし、まるで仏を拝むように両手を合わせて「ありがとう」と何度も言い、裏門へと走り去っていった。
ひとり残された私は、青い空を見上げ、今日は絶対ついてない日だ。と確信をした。
それから私は学校内で度々あの外套の裾を見かけることが増えたが、再び卒塔婆さんに会うことはなかったのだった。
おしまい。
これは女学生の間で噂になっている怪談話で、卒塔婆さんというお化けに目を付けられるとあの世へ連れていかれるという話だ。学校によっては、気に入った女学生の魂を抜き取って傍にずっと置いておくという話もある。
見た目は異人さんだったり、少年だったり、紳士的な見た目の中年だったりと様々だが、たった一つだけ一貫している物がある。それは、和外套を羽織っているという点だ。
なら、今私の目の前で不法侵入してきた男を締め上げているのがその卒塔婆さんなのだろうか?
卒塔婆さんが突然振り返り、ばちりと目が合う。底の見えない真っ黒な目をしている。
「あの……貴方が卒塔婆さん……ですか?」
「だったら……どうするの?」
落ち着いた声で卒塔婆さんは言葉を返してくる。声の低さからすると男の人だ。
どうするのかと聞かれたが、正直な話どうしたらいいのか分からない。
ピンっと自分の周りに糸が張り巡らされているような感覚になる。
卒塔婆さんの目を見てしまったからなのか、声をかけてしまったからなのか、身動きが取れない。言葉を発せられない。
私から視線を外すと、彼は和外套の下からその名前の由来になったであろう供養塔を取り出し、私の目の前で男の人の頭をそれで叩く。
すると男の人の頭から黒い煤のような物が立ち上り、卒塔婆さんは口を大きく開けてそれを吸い込んだ。
「キミ達人はとても感情豊かだし、感受性も他の生き物と違ってある。でもその分、負の感情も抱きやすい」
卒塔婆さんが声を発すると、張り詰めた糸が緩んだ気がした。
「そういった物を糧にして僕はこうしてキミの前に現れている」
自己紹介なのだろうか。彼はそう言うと和外套の下に供養塔をしまい込んだ。
男の人がはっと目を覚まし、まるで今まで眠っていたかのように辺りを見回す。
「なんで、俺こんな所に? てか、ここ女子校じゃないか!」
あわてて立ち上がると、男の人は私の事を恐ろしいものを見る目で見てきた。
どうやらこの人には卒塔婆さんが見えてないようだ。
「ち、違うっ……俺は気が付いたらここにいたんだ……不法侵入しようと思って入ったわけじゃない」
地面に膝を着き許しを乞う男の人に、私はどう言葉をかけるべきなのか困った。
「それじゃあね」
卒塔婆さんは男の人をそのままに、立ち去ろうとした。
「そ、卒塔婆さんっ」
思わず呼び止めてしまった。が、彼は立ち止まらなかった。
「教師に任せるか、見逃すかはキミの自由だよ。僕には関係ない」
卒塔婆さんはすぅっと消えてしまった。
「だ、誰と話してるんだ……きみ……」
男の人が震える声で呟く。
「誰でもないです!」
この男の人をどうするか。私が先生を呼んだらきっとこの人の人生は終わってしまうだろう。
しかし、学校に侵入してくる人の言葉を鵜呑みにしていいのか? と疑問が頭を擡げる。
「本当に、本当に何もする気がないのなら。先生が来る前に帰った方がいいですよ。裏門はあっちですから」
と、裏門の方を指さして男の人に言った。これが私の精一杯の考えだ。
男の人はぱっと顔を明るくし、まるで仏を拝むように両手を合わせて「ありがとう」と何度も言い、裏門へと走り去っていった。
ひとり残された私は、青い空を見上げ、今日は絶対ついてない日だ。と確信をした。
それから私は学校内で度々あの外套の裾を見かけることが増えたが、再び卒塔婆さんに会うことはなかったのだった。
おしまい。