卒塔婆さん
其ノ弐 ろくでなし
「ねぇ、佳奈。最近怪我多くない?」
そう口を開いたのは派手な化粧にアクセサリーを多く身につけた女子高生だった。佳奈と呼ばれた女子高生もまた派手な化粧にネイルとアクセサリーをしている。
「なんか最近、彼氏がよくイラついててさぁ」
佳奈は女子高生でありながら大学生と付き合っていた。
ㅤ彼女の腕や足の見えにくい箇所に痣や切り傷があるのを見た友人は眉を顰めて訝しげな眼差しを向ける。
「何でそんなことになってんの」
「ウチに聞かれても知らないよ……なんか気に食わない事があったんじゃないの?」
そんな事でいきなり手を上げるなんて人として終わっている。と友人は思った。
しかし、佳奈の雰囲気からは別れる気は無いと分かり、これ以上何も口を出せなかった。
「じゃあ、また明日〜」
普段と変わらずにいつもの道で別れ、佳奈はヒラヒラと手を振る。
「何かあったら連絡してよ!?」
友人は去りゆくその背中にそう言葉を投げ、胸にモヤを抱いたまま家へと向う。
帰宅した佳奈は自室に入るなり時計に目をやった。彼氏が遊びに来るまで時間がある。
ベッドに寝転び、スマホで携帯小説サイトへとアクセスし、暇つぶしに何を読もうか選ぶ。すると、とある小説のタイトルで指が止まった。
「学校で起きた不思議な話し……」
タイトルをタップしてページを開く。
どうやらこの小説は女子中学生が執筆しているらしく、最近始めたばかりのようでまだ1話しか載っていなかった。
「そつ、と、ばあ?……そつとばあさんってなんだ?」
彼女はなんの疑いもなく卒塔婆をそつとばあと読む。
ページを読み進めていくと佳奈は首を傾げた。
「ババアなのに学ラン?」
学ラン、外套、帽子を被った青年の姿をしていた。と書いてあるのを見て佳奈は「あぁ、男か」と呟く。
中学生の少女が書いた物語は読みやすく、佳奈はあっという間に読み終わってしまった。
実際にこの卒塔婆という人物がいたらと、佳奈は一瞬考えるが、いけないと頭を振る。
自分を好いてくれてる人を悪く考えるなんて悪い事だ。と親に教えられていた彼女は、彼氏からの暴力も一時のものだと思っていた。
家のインターホンが鳴り、佳奈は重い体を起こして、玄関へと向う。今日は優しい彼でいて欲しい。そんな願いを、期待を胸に抱いて、ドアを開けた。
「よぉ、佳奈ぁ」
「ちょっ酒臭い」
既に泥酔している状態の彼氏に、佳奈は眉を顰める。
彼氏はずいっと家に上がり込み、勝手に佳奈の部屋へと入り込む。
佳奈はあわてて後を追い、なんとか自分の教科書等にイタズラをされないように避け、鞄なども机の下に押し込む。
「佳奈さぁ、俺が酒飲んでるのあまりよく思ってねぇよなぁ」
さっきまで彼女が寝転んでいたベッドに勝手に横になって、彼氏は気に食わないと言う目で佳奈を睨むように見る。
「あ? 何だこれ」
体の下に何かあると、彼氏は状態を起こしてそれを見つけ、ニタニタと笑いながら佳奈に見せつける。
「あっ」
佳奈は携帯をそのままにしていた事に気が付き、素早くその手から奪おうとするが、呆気なく払われてしまい、携帯の画面を見られてしまった。
「卒塔婆?? なんだこれ」
「勝手に見ないでよ」
携帯を奪い取り、開いていたページを閉じる。
「佳奈も飲もうぜ〜」
「飲まない! ウチ未成年だし」
口調をキツくして断るが、彼氏は聞く耳持たず、彼氏は自分のカバンからチューハイ缶を取り出して、無理やり飲ませようとする。
しかし、頑なに飲もうとしない佳奈に次第にイラつき、彼氏は彼女の顔を殴り倒した。
「美味しいから飲めって言ってんのに……これだからガキは」
殴られた拍子に尻もちをついた佳奈の上に馬乗りにになり、彼氏は顎を掴んで無理やり口を開けさせる。
——誰か助けて!
キツく目を閉じて佳奈は心中で助けを呼んだ。
何かがぶつかったような鈍い音と同時に彼氏の呻き声がし、ゆっくりと目を開ける。
すっと下ろされた黒い制服のズボンが視界に入り、佳奈はその人物を見上げる。
学ランに身を包んだ、血色の悪い男子が彼女の傍らに立っていた。
「誰?」
佳奈が震えた声で尋ねると、男子は視線だけ一瞬向ける。が、直ぐに蹴り飛ばした彼氏の方へと視線を戻し、堂々とした足取りで近づいて行く。
蹴り飛ばされた彼氏は鼻血を出して気を失っており、男子はいつの間にか手に握っていた供養塔を振り上げ、彼氏の頭を叩いた。
黒い煤が立ち上り、それを吸い込む。
「あなた、誰なの?」
もう一度佳奈は尋ねる。突然現れた男子が余りにも先程まで読んでいた小説の卒塔婆さんを彷彿とさせる。
チラリと底のない黒い瞳が佳奈を見る。
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないかな」
興味なさげにそう答えると、男子は彼氏の事を見下ろす。
「彼はろくでなしだ」
そう呟くと、男子はどこからともなく外套と学生帽を出現させて身につける。
「待ってよ!」
佳奈は手を伸ばしてその外套を捕まえようとするが、すり抜ける。
「何」
男子は感情のない瞳で彼女を見下ろす。
「そ、その。助けてくれてありがとう……」
口を尖らせてお礼を言う。
「助けたつもりは無いよ」
呆れたような声色でそう言うと、するりと窓ガラスを通り抜けて空気となって消えてしまった。
それから憑き物が落ちたように優しい彼氏に戻ったが、佳奈はまた同じことがあるかもしれないと思い、一方的に別れを告げて関係を断ち切った。
「なんか佳奈さぁ、最近機嫌いいじゃん。どったの?」
以前より笑顔が増えた佳奈に友人が心から嬉しそうに話しかける。
「えー……んー、目が覚めたっていうか、新しい人を見つけたって感じ?」
「えぇ、誰それ!?」
「それが、名前聞きそびれちゃったんだよねぇ」
照れくさそうに佳奈はそう言って、道行く学ランの他校の男子をチラリと見る。
再びあの男子と合間見えないかと、淡い気合を胸に抱きながら、友人との談笑に花を咲かせる。
おしまい。
そう口を開いたのは派手な化粧にアクセサリーを多く身につけた女子高生だった。佳奈と呼ばれた女子高生もまた派手な化粧にネイルとアクセサリーをしている。
「なんか最近、彼氏がよくイラついててさぁ」
佳奈は女子高生でありながら大学生と付き合っていた。
ㅤ彼女の腕や足の見えにくい箇所に痣や切り傷があるのを見た友人は眉を顰めて訝しげな眼差しを向ける。
「何でそんなことになってんの」
「ウチに聞かれても知らないよ……なんか気に食わない事があったんじゃないの?」
そんな事でいきなり手を上げるなんて人として終わっている。と友人は思った。
しかし、佳奈の雰囲気からは別れる気は無いと分かり、これ以上何も口を出せなかった。
「じゃあ、また明日〜」
普段と変わらずにいつもの道で別れ、佳奈はヒラヒラと手を振る。
「何かあったら連絡してよ!?」
友人は去りゆくその背中にそう言葉を投げ、胸にモヤを抱いたまま家へと向う。
帰宅した佳奈は自室に入るなり時計に目をやった。彼氏が遊びに来るまで時間がある。
ベッドに寝転び、スマホで携帯小説サイトへとアクセスし、暇つぶしに何を読もうか選ぶ。すると、とある小説のタイトルで指が止まった。
「学校で起きた不思議な話し……」
タイトルをタップしてページを開く。
どうやらこの小説は女子中学生が執筆しているらしく、最近始めたばかりのようでまだ1話しか載っていなかった。
「そつ、と、ばあ?……そつとばあさんってなんだ?」
彼女はなんの疑いもなく卒塔婆をそつとばあと読む。
ページを読み進めていくと佳奈は首を傾げた。
「ババアなのに学ラン?」
学ラン、外套、帽子を被った青年の姿をしていた。と書いてあるのを見て佳奈は「あぁ、男か」と呟く。
中学生の少女が書いた物語は読みやすく、佳奈はあっという間に読み終わってしまった。
実際にこの卒塔婆という人物がいたらと、佳奈は一瞬考えるが、いけないと頭を振る。
自分を好いてくれてる人を悪く考えるなんて悪い事だ。と親に教えられていた彼女は、彼氏からの暴力も一時のものだと思っていた。
家のインターホンが鳴り、佳奈は重い体を起こして、玄関へと向う。今日は優しい彼でいて欲しい。そんな願いを、期待を胸に抱いて、ドアを開けた。
「よぉ、佳奈ぁ」
「ちょっ酒臭い」
既に泥酔している状態の彼氏に、佳奈は眉を顰める。
彼氏はずいっと家に上がり込み、勝手に佳奈の部屋へと入り込む。
佳奈はあわてて後を追い、なんとか自分の教科書等にイタズラをされないように避け、鞄なども机の下に押し込む。
「佳奈さぁ、俺が酒飲んでるのあまりよく思ってねぇよなぁ」
さっきまで彼女が寝転んでいたベッドに勝手に横になって、彼氏は気に食わないと言う目で佳奈を睨むように見る。
「あ? 何だこれ」
体の下に何かあると、彼氏は状態を起こしてそれを見つけ、ニタニタと笑いながら佳奈に見せつける。
「あっ」
佳奈は携帯をそのままにしていた事に気が付き、素早くその手から奪おうとするが、呆気なく払われてしまい、携帯の画面を見られてしまった。
「卒塔婆?? なんだこれ」
「勝手に見ないでよ」
携帯を奪い取り、開いていたページを閉じる。
「佳奈も飲もうぜ〜」
「飲まない! ウチ未成年だし」
口調をキツくして断るが、彼氏は聞く耳持たず、彼氏は自分のカバンからチューハイ缶を取り出して、無理やり飲ませようとする。
しかし、頑なに飲もうとしない佳奈に次第にイラつき、彼氏は彼女の顔を殴り倒した。
「美味しいから飲めって言ってんのに……これだからガキは」
殴られた拍子に尻もちをついた佳奈の上に馬乗りにになり、彼氏は顎を掴んで無理やり口を開けさせる。
——誰か助けて!
キツく目を閉じて佳奈は心中で助けを呼んだ。
何かがぶつかったような鈍い音と同時に彼氏の呻き声がし、ゆっくりと目を開ける。
すっと下ろされた黒い制服のズボンが視界に入り、佳奈はその人物を見上げる。
学ランに身を包んだ、血色の悪い男子が彼女の傍らに立っていた。
「誰?」
佳奈が震えた声で尋ねると、男子は視線だけ一瞬向ける。が、直ぐに蹴り飛ばした彼氏の方へと視線を戻し、堂々とした足取りで近づいて行く。
蹴り飛ばされた彼氏は鼻血を出して気を失っており、男子はいつの間にか手に握っていた供養塔を振り上げ、彼氏の頭を叩いた。
黒い煤が立ち上り、それを吸い込む。
「あなた、誰なの?」
もう一度佳奈は尋ねる。突然現れた男子が余りにも先程まで読んでいた小説の卒塔婆さんを彷彿とさせる。
チラリと底のない黒い瞳が佳奈を見る。
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないかな」
興味なさげにそう答えると、男子は彼氏の事を見下ろす。
「彼はろくでなしだ」
そう呟くと、男子はどこからともなく外套と学生帽を出現させて身につける。
「待ってよ!」
佳奈は手を伸ばしてその外套を捕まえようとするが、すり抜ける。
「何」
男子は感情のない瞳で彼女を見下ろす。
「そ、その。助けてくれてありがとう……」
口を尖らせてお礼を言う。
「助けたつもりは無いよ」
呆れたような声色でそう言うと、するりと窓ガラスを通り抜けて空気となって消えてしまった。
それから憑き物が落ちたように優しい彼氏に戻ったが、佳奈はまた同じことがあるかもしれないと思い、一方的に別れを告げて関係を断ち切った。
「なんか佳奈さぁ、最近機嫌いいじゃん。どったの?」
以前より笑顔が増えた佳奈に友人が心から嬉しそうに話しかける。
「えー……んー、目が覚めたっていうか、新しい人を見つけたって感じ?」
「えぇ、誰それ!?」
「それが、名前聞きそびれちゃったんだよねぇ」
照れくさそうに佳奈はそう言って、道行く学ランの他校の男子をチラリと見る。
再びあの男子と合間見えないかと、淡い気合を胸に抱きながら、友人との談笑に花を咲かせる。
おしまい。