卒塔婆さん
其ノ参 迷子
 家の方向が分からなくなり、少年が堪えていた涙が溢れる。

「ボクのおうち……どこ?」

 少年は両手で涙を拭いながら途方に暮れる。すっかり道も変わってしまい、家が分からないのだ。

 道行く人に声をかけても誰も少年を気には止めなかった。

 それもそうだ。彼はこの世と別れた存在なのだから。

「寒いよ……おうちに帰りたい……」

 か細い声が重く沈む雨雲へと溶けていく。

「迷子?」

 突然かけられた声に、少年はハッと顔を上げた。その視線の先には少し古めかしい学生が立っており、じっと少年を見下ろす。

「あの……えっと……」

 頭上から落ちてくる圧に、少年は答えあぐねる。

 学生——卒塔婆はすっとしゃがみこみ、少年と目線を合わせる。

「僕は卒塔婆。キミは?」

「……ヒロ」

 小さく名前を答えると、少年——ヒロは卒塔婆の底のない黒い瞳を見つめる。

「あの……お家が分からなくて……」

 再び目に涙を貯めはじめ、ヒロはぐっと口を引き結ぶ。

「そう……なら、一緒に来なよ」

 すっと立ち上がると、卒塔婆はゆっくりと歩き出す。

 ヒロは状況が呑み込めないながらも、そのゆったりと歩く背中を追うことにした。



 2人がやってきたのは街の中心にある大きな寺で、住職が卒塔婆の姿をみると笑みを零す。

「やぁ、君か。卒塔婆さん」

「ちょっと、この子の家を探しててね」

 卒塔婆の外套を掴んで離さないヒロを住職に見せると、住職は成程とひとつ頷いた。

「たしかにここは1番大きいからあるかもしれないね……」

「だから連れてきた」

 見つかると良いね。と住職はヒロに笑顔を向けて言うと、ヒロは少し恥ずかしそうにうんと頷く。

ヒロを連れて墓地を練り歩く。赤く咲いた彼岸花が風に揺れている。

「ここ、色んなお家がある」

 きょろきょろと忙しなく首を動かしながらヒロはそう言った。

「キミの家はありそうかい?」

「……分からない……でもなんだか、近くにあるような気がする……」

何かを辿るように、ヒロは卒塔婆の前を歩き出し「ここでもない」「ちがう」と自身の墓を探し始める。

 卒塔婆は何も言わず、その小さな背中を追う。

 そしてついにヒロは足を止めた。

 曽我家之墓。と掘られた墓石を見上げている。

「ここだ! お兄さんありがとう」

ぱっと明るい笑顔を浮かべると、ヒロは「ただいま!」と元気よく声を発して墓石の中へと消えていった。

 ヒロを無事家に帰し、卒塔婆は「もう、迷子になっちゃだめだよ」と手を合わせてて心の中で言うと、静かにその場を去った。


「卒塔婆さん、もう帰ってしまうのかい?」
石の鳥居を潜る時、住職はその黒い影に声をかける。

「用は済んだからね」

「そうかい……見つかって良かった、良かった」

 晴れてきた空を見上げながら、住職は柔和な笑みを浮かべる。

「やはり貴方は仏様のお使いの者なのかね?」

「ただの噂話だよ。そんな大層なものじゃない」

 そう答える顔は何処か満更でもなさそうだった。

 外套を翻し、彼は街へと繰り出す。今日はどんな魔を食べれるのかと密かに楽しみにしながら。


おしまい。
< 4 / 7 >

この作品をシェア

pagetop