卒塔婆さん
其ノ肆 再開
 彼の存在を学生たちが認知する元となった小説を書いた少女——吾妻結菜(あがつまゆいな)は再び卒塔婆と相見えた。

「卒塔婆さん!」

 嬉しそうに駆け寄るってくる結菜に、卒塔婆はチラリと視線を向けて一瞬考える。

「……あぁ、キミか」

 思い出したと、体ごと彼女の方へと向き直り、見下ろす。

「学校外にもいるんですね」

「邪気のある人間を探してるからね」

 そう答えた瞬間、結菜はハッとした顔をして、何かを言いたげに卒塔婆の瞳を見つめる。

「……」

 面倒そうなので、卒塔婆は気付かぬ振りをしようとしたが、微かに邪な匂いを彼女に感じ、目を細める。

「実はお願いがあって……」

 彼女に卒塔婆の話をした友人が同級生に酷い虐めを受けている。と結菜は言った。しかもそれが最近になって起こり始めたのだと。

「同級生に何か憑いてるか見て欲しいんです」

 明らかにご馳走の匂いがするが、卒塔婆はなんだか人助けをするようで乗り気にはなれなかった。

「お願いします!」

 少女に深々と頭を下げられ、卒塔婆は少し困った。道行く人が彼女を奇異の目で見ていく。

 普通の人には見えない存在に向かって、彼女は綺麗なお辞儀をしているのだから無理もない。

「言っておくけど、そういう行動をする人間は元々はそういう人となりだって事だよ」

 またいずれ同じことが起こる。と、卒塔婆は言った。

「それでも……友達がターゲットから外れるなら」

 幼さゆえの甘さに、卒塔婆は眉を僅かに顰める。友人が助かるなら他の同級生を犠牲にしてもいい。そう言っているように聞こえた。

「まぁ……いいよ。キミ達の人間関係なんて僕にはどうでもいいしね」

「ありがとうございます」

そのまま結菜に連れられ、卒塔婆は彼女の通う女子校へとやってきた。

「先生には多分見えないと思うので……大丈夫だと思います!」

 "には"という言葉に引っ掛かりを感じたが、それよりも学校外に渦巻くただならぬ邪気が気になった。

 多分この学校では虐め以外にも何かある。と卒塔婆は考える。

「私のクラスはこっちです」

 結菜は卒塔婆を自分のクラスへと案内する。

 引き戸を開けると、中にはそれぞれの朝の時間を過ごしている学生がいたが、1人だけ浮かない顔をしている少女がいた。彼女は上履きではなく、来賓用のスリッパを履いている。

 結菜の表情が曇り、その少女に近づく。

「ゆりか。上履き隠されたの?」

 浮かない顔の少女は顔を上げて結菜を見るなり苦笑を浮かべる。

「ううん、持ってくるの忘れちゃって」

 そんなはずないと結菜は言いたかったが、虐めの首謀者を睨む事しか出来なかった。

「それより、結菜ちゃん。その人……卒塔婆さん?」

 いつの間にか側まで来ていた卒塔婆に気付き、ゆりかは物珍しい物を見る目で卒塔婆を見上げる。

「うん。アイツらを懲らしめてもらおうと思って」

「そんなことしたら結菜ちゃんが虐められちゃうよ」

 それは絶対ダメだ。と、ゆりかは結菜の肩を掴む。

「でも、ゆりかが虐められてるの見てられないよ」

 少女達のやり取りとクラス全体を見回し、いつの時代も多感な思春期の学生は変わらないな。と卒塔婆は呆れる。

「それで、あそこの集団でいいの?」

 先程から結菜がチラチラと睨んでいる女子生徒達を見て、卒塔婆は確認をする。

「はい、あの子達です」

 すっと外套から南無阿弥陀仏の供養塔を取り出し、少女達へと近づき、それぞれの頭をそれで叩く。

 少女達は一瞬気を失ったが、卒塔婆が彼女たちから出て来た煤を吸い込むと、はっと目を覚まして何事も無かったかのように談笑を続ける。

「虐めの理由はキミの成績があの少女達を上回ったからだね」

「そんな事が分かるの?」

 ゆりかは関心したように声をあげる。

「円満に過ごしたいのなら、あまり彼女達を刺激しない方がいい」

 卒塔婆はそれだけ言うと、外套を翻して教室を出ていった。

 結菜は急いで後を追うが、彼の姿はもうどこにも無く、結菜は肩を落とす。

「はぁ、小説更新しよ」

 今回あった出来事を結菜はその日のうちに小説に書いて、更新する。

 彼女の小説がとある女子高生の愛読本になっているとは露ほども知らずに。



おしまい。
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