卒塔婆さん
其ノ伍
 公園で雀と戯れていると人が近付いてくる気配がし、卒塔婆は視線だけそちらへと向ける。

「アンタが卒塔婆さん?」

 見た目派手な男子高生が、真剣な顔をしてじっと卒塔婆の事を見ていた。

 なにやら面倒な事が起こりそうだと、察した卒塔婆は外套を翻して立ち去ろうとする。

「待てよ!」

 男子高生は卒塔婆に掴みかかるが、その手はすり抜けて虚しく宙を掻く。

「ヤダよ。そんな腹の足しにもならない事」

 卒塔婆は冷たい声色でそう言い放つと、男子高生の肩口に視線を移す。

 男子高生の肩には骨と皮だけの腕が絡みついており、頭の上には猿のような人のような顔があった。

 そのモノの正体が何なのかは卒塔婆は分からなかったが、一目見てあれは食べられないというのは分かった。

「そう言わずに、頼むよ……」

 男子高生は縋るような視線を卒塔婆に向けて、膝から崩れ落ち項垂れる。

「面白半分でいわく付きの所に行く方が悪いのさ。自業自得だね」

 冷たい視線と言葉を浴びせ、卒塔婆は再び踵を返す。しかし、男子高生の肩に乗ったソレが逃しはしなかった。

 骨と皮だけの腕が伸びて、卒塔婆の首を捕まえる。

「あぁ……もう」

 首にかけられた細い腕を掴み、思い切り自分の方へと引っ張る。するといとも簡単にソレは男子高生から離れた。

 男子高生から離れたソレは卒塔婆の肩に乗っかり、そのまま首の中へと手を埋める。

「軽く、なった……!?!」

 肩の荷が降りたように軽くなった事に、男子高生は驚きの声を上げる。が、卒塔婆の肩に乗ったことによって目視できるようになったソレを見て言葉を失う。

 全体的に見ればそれは猿のようだが、顔を見れば人のようにも見える、一糸まとわぬその姿に男子高生は腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。

「ほんと、君たちヒトってろくな事しないよね……これは呪いだよ。あの祠から何か持ち帰ったりしなかった?」

 うんざりした口調でそう尋ねると、男子高生はハッとした顔をしてポケットから木片を取り出し、卒塔婆へと見せる。

 木片には何か文字が書かれていたが、風化のせいで殆ど読めなかった。しかし、その木片から放たれる空気で、それがなんなのか卒塔婆は理解し、男子高生を睨みつけた。

「おおかた度胸試しでもしたんでしょ。それは土地神の依代でもある大事なものだよ」

 肩に乗り、卒塔婆の中にある邪気を吸い上げているソレが全身の毛を逆立てているのが、男子高生には見えた。

「呪いの対象となってるキミにも見えていると思うけど、これはその土地神の遣いだ。かなり激昂してるね」

 卒塔婆の中に溜め込まれている邪気を吸い上げ、段々と肉付きが良くなるそれは猿でも人でもなく、まるで鬼のようだった。

「今すぐにそれを元あった場所に返してこい」

 卒塔婆と鬼が放つ威圧感に男子高生は弾かれた様に立ち上がって駆け出した。

「重たい……」

 ムクムクと大きくなる鬼とは別に、卒塔婆の体は小さくなっていく。

 久し振りに自分の身に降りかかる危機に、卒塔婆は人とあまり関わるものじゃないなと改めて実感し、自分の身を守る為にいつもの寺へと駆け込む事にした。



「おや、卒塔婆さんじゃないか」

 突然御堂に駆け込んできた卒塔婆を見て、住職は驚いた顔をした。

「暫くここに居させてもらうよ」

「構わないが、その肩にある物は一体……」

 状況が飲み込めない住職に卒塔婆は簡単に砕いて事の経緯を話した。

「なるほど、確かに最近の若者はよくそうい事をやらかすが……なにもキミが身代わりにならなくても良かったんじゃないか?」

「僕だって、好きで身代わりになったんじゃないよ。溜め込んだ人の欲にコレが飛びついたんだ」

 住職に出された線香の煙を浴びながら卒塔婆は不快と言わんばかりに眉間に皺を寄せる。

「その子がちゃんと元にあった場所にその木片を返してくれればいいんだが……」

「じゃないと僕が困る……」

 神の遣いでもあるこの鬼に供養塔を振るう事が出来ない歯痒さに卒塔婆は不貞腐れた顔をする。

 徐々に奪われる力が少なくなっているのに気付き、鬼が力を充分蓄えたなと警戒をするが、ぽろりと突然ソレは肩から転げ落ちた。

「おぉ、どうやらしっかりとお参りをして返してきたみたいだね」

 塵になって消える鬼を見て住職は柔和な笑みを浮かべる。

「おや、もう行くのかい?」

 さっさと立ち上がって御堂を出ていこうとする小さな影にそう言葉を投げると、卒塔婆は振り向いて住職を見た後に御堂に鎮座している仏像へと視線を移す。

「また後でくるよ」

 男子高生は返すものを返したあと、とぼとぼと自分の家路を辿っていた。

 あれから卒塔婆がどうなったのか、本当にもうあの鬼が襲ってこないのか。不安が胸の中で渦を巻いて、胸焼けのような感覚を起こす。

「あ……」

 卒塔婆とあった公園の前まで来て、男子高生は足を止める。

 学ランを身にまとった小さな子供が男子高生をじっと見ており、そが卒塔婆だと彼は確信した。

「卒塔婆、さん……」

 随分と小さくなってしまったが、消えていない事に安堵し、駆け寄る。

「卒塔婆さ」

 鈍い痛みが彼の脳天に響き、脳を揺さぶる。

 その場に倒れ込んだ男子高生からは大量の煤が立ち上る。

「確か、煩悩の数は108だっけ」

 手にした供養塔を振りかぶる。



 それから男子高生と、一緒に度胸試しに行った仲間達はしばらくの間無欲な人間となって、過ごすことになり、卒塔婆はその日のうちに元の大きさに戻ったという。



おしまい。
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