離婚するはずだったのに記憶喪失になって戻ってきた旦那が愛を囁き寵愛してきます

「キャ……ッ！」

　カツーーーーンッーーーッ！

　手にしていた口紅と紅筆が、その場に落ちた。

　瞬間、バタバターーーッっと、黒服の男がいきなり私を羽交い締めにした。

「え……っ、ちょ、な……に？」

　黒服の男がギリギリッと、力いっぱい身体を締めつけて来て苦しくなる。

「お前、今この子に何をしようとした？！　」

　声のする方に顔を向けると、女の子を庇うように立った、長身で眼鏡をかけた、強い印象の吊り目がちな瞳が睨みを効かしていた。

「……くっ……っ」

　（…… え？　え……っ⁇ 何でこんなに睨まれてんの？　私何かまずい事…… しちゃった？？　）

　訳が分からずパニックになりそうな自分に、落ち着け！　落ち着け！　と、頭の中で繰り返す。

　ただ着付けを直してただけだ、と言いたいが、こう、黒服の男に締め上げられていては、苦しくて言葉にならない。

（この黒服何者？！　よくテレビで見るアレ？！　）

「Stop it! 」

　男の後ろから女の子が、彼の袖を引っ張って声を上げたが、彼は更に私に詰め寄って来た。

　彼女の声が耳に届き、私も少し冷静になって来た。

　眼鏡の奥から睨みを効かせて来る男を、良く観察してみる。

「彼女が、何者かわかってて近づいたのか？　」

（あ、この顔タイプ…… ）

　なんて、こんな状況で不謹慎にも思いながら、彼の発した言葉に思考を巡らせる。

（何者…… ？　）

　ウーン…… ウーン……

　今日のお客様の事で、何か連絡事項あったっけ？