離婚するはずだったのに記憶喪失になって戻ってきた旦那が愛を囁き寵愛してきます
「…… なんか、蓮斗さん、おかしくないですか? 」
ンンッ? と彼を見つめる。
眼鏡といい、喜怒哀楽をハッキリと現すその顔と良い、話してみても、なんか違和感がある。
「…… 申し訳ない。 実は、君に妻だと言われても、私には、いや、俺には君が、誰だかわからないんだ」
「………… はい?! 」
ふざけてるのか?! と眉間に皺を寄せて、ジト目で睨む。
だけど……、蓮斗さんは、目を伏せて、苦しそうに声を搾り出した。
「実は、少し前に頭を打って、それから、ここ数年の記憶が曖昧なんだ。 仕事の方は、優秀な秘書がいて、幸い業務は今まで通りこなせいるのだが、私生活の方は、全く思い出せなくてな。 ここに帰って来くれば、何か思い出すかと思ったんだが…… 」
「え? ええ?! それって、記憶喪失って事ですか?! 」
「ああ…… 。 医者が言うには、何かのきっかけで思い出す可能性もあるが、そのままの場合もあると」
思い掛けない告白に、言葉を飲み込んで、凝視する。
「…… すまない…… 君の名前は? 」
心の中に、ざわりっとさざなみが立つ。
「シエナ…… 剣菱シエナ」
(事故とは言え、離婚どころか、蓮斗さんの記憶の中からも、消えてしまっていたなんて…… これで、心置きなく出て行ける…… )
思わず、おかしくなって、フッっと笑いが漏れる。
「シエ、ナ…… 」
不意に名前を呼ばれ、じんわりと、胸の奥が温かくなって、思わず涙が出て来そうになる。
ブンブンっと、頭を横に振って、我に帰る。
「それは、大変でしたね。 何も知らなくて……、 力になれなくて、ごめんなさい。 でも、これからは、支えてくれる人がいるので心強いですよね。 記憶が戻らなくても、きっと、大丈夫…… 」
喉が震えるのがバレないように、精一杯の強がりで、グッと掌を握りしめ、微笑んだ。
小さく、ぺこりっと頭を下げて、母子手帳とエコー写真を素早く、取ると、私はドアに向かった。