片想い婚
 一時の間があったあと、蓮也が蒼一さんの後ろから現れ、彼の肩を掴んだ。

「ちょっと待て、勝手に入るな」

「ごめん蓮也くん。咲良ちゃんは返してもらう」

 蒼一さんはそう厳しい声で言った。そしてぽかんとしている私の腕を引いて立たせると、そのまま強引に引っ張られて出口へ向かっていく。

「え、そ、蒼一さん!?」

 何が起こっているのかいまだに理解が追いつかない私は、されるがまま彼に引かれていく。蓮也すら、呆然として私を止めることをしなかった。すごい力で引っ張られながら、玄関でなんとか靴をつま先に引っ掛けて履いた。蒼一さんは一度も私を振り返ることなくどんどん進んでいく。

 蓮也にお礼の言葉を言う余裕もなく、私はその場から出て行ってしまったのだ。

 外はもう夜になっていた。心細いライトが道を照らしている。空はほとんどが雲で覆われていて星は見えなかった。でも、ほんの少しの隙間から満月がひっそりと顔を出していて私たちを見守っていた。転ばないように必死に足を回転させながら、蒼一さんに言わなくてはいけないことがあるんだと思い出す。

 ただ、あまりに急だったから、心の準備も何もできていない。それに今、蒼一さんに話す雰囲気でもない。どこかピリピリしてる空気に、告白なんかできそうになかった。

 ずんずんと二人進んでいく。人気のない静かなアパートの前には、蒼一さんの車がひっそり止まっていた。いまだ私の手首を握って進み続ける背中に、私は声をかける。

「あの、蒼一さん!? わた、私荷物が」

「また取りにくればいい」

「いや、お邪魔してたのにお礼も言えてなくて、蓮也とお姉」

 私が蓮也の名前を出した途端、蒼一さんが突然足を止めた。ずっと引っ張られていた私は止まりきれず、彼の背中に勢いよくぶつかってしまう。よろめきながら体制を整えると、蒼一さんが振り返った。ぼんやりとした夜の世界に、余裕のなさそうな彼の表情が浮かび上がる。


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