片想い婚
「今更、って思われるかもしれないけど伝えたかった。本当の自分の気持ちを咲良ちゃんに。始まりこそあんな偽りの結婚だったけど、それでも僕は」
彼のハンドルを握る手に力が入る。私はつい反射的に言った。
「私! いくら気を遣う人間でも!
……好きでもない人の結婚相手に立候補したりしません」
はっとした顔になる。蒼一さんがゆっくりとこちらを向いた。
私の頬を生ぬるい涙が伝った。ああ、言いたくてもずっと言えなかった言葉をようやく言えた。言った方がいい、と諭してくれた蓮也の言葉が脳裏によぎる。長い間踏み出せなかった一歩をようやく踏み出せた。
あれはあなただったから。蒼一さんだったから立候補したの。
私の初恋だったから。叶うはずのない恋だったから。お姉ちゃんが逃げ出したのを見て喜んだ黒い心があったから。
「狡いのは私です……お姉ちゃんがいなくなって、私は心の中で凄く喜んでた。私が蒼一さんと結婚できるんだって、その喜びでいっぱいだった。きっと心のどこかで、お姉ちゃんを羨んでたんです。
蒼一さんは狡くないし幻滅もしません。あなたの結婚相手に立候補したのは私です、そこに強要も何も存在しませんでした」
「咲良ちゃん」
「私なんです、ずっと好きだったのは、私の方なんです……!」
ポロポロと涙が流れた。再確認した想いが、涙となって溢れたのかもしれない。
好きになってはいけない人をずっと好きで、何度も諦めようとした。それでも捨てきれなかった想い。
苦手な料理を頑張りたいと思ったのも、家にいるだけで緊張してしまうのも、こんなに胸が苦しいのも、全ては蒼一さんが好きだったから。その答え以外何ものでもない。
私が想いを叫んだ直後、ハンドルを握っていた彼の手が私の体を引き寄せた。そしてゆらりと体を揺らした瞬間、唇が重なり合う。驚きで何も動けなくなってしまった私は、ただ身を委ねるように瞼を閉じた。
今起こっていることが現実とは思えない。頭が熱く、全身がふわふわ浮いているかのように浮遊感に襲われる。柔らかでどこか懐かしい香りがした。それがあんまりに心地よくて、ありふれた言い方だけれど時が止まればいいのにと思った。
ふいに彼の顔が離れる。私の頬に流れた涙を、そっと両手で拭き取った。すぐにまた彼がキスを降らせた。頬に感じる蒼一さんの手のひらは驚くほど熱い。
あなたに触れてもらうのが夢だった。きっと一生叶わないんだと思っていた。
信じられなかった彼からの告白は、そのたった一度のキスで私の心に嘘じゃないんだと教えてくれた。こんな私を見ていてくれたんだということが、私の生まれてきた意味のように思えた。
ゆっくり蒼一さんの体温が離れる。両手は私の頬を包んだまま、彼は至近距離で言った。
「涙、止まったね」
「……はい、でも、しん、心臓が口から出そうです」
「それは僕も」
そう小さく笑った彼は、三度目のキスを私に贈った。
彼のハンドルを握る手に力が入る。私はつい反射的に言った。
「私! いくら気を遣う人間でも!
……好きでもない人の結婚相手に立候補したりしません」
はっとした顔になる。蒼一さんがゆっくりとこちらを向いた。
私の頬を生ぬるい涙が伝った。ああ、言いたくてもずっと言えなかった言葉をようやく言えた。言った方がいい、と諭してくれた蓮也の言葉が脳裏によぎる。長い間踏み出せなかった一歩をようやく踏み出せた。
あれはあなただったから。蒼一さんだったから立候補したの。
私の初恋だったから。叶うはずのない恋だったから。お姉ちゃんが逃げ出したのを見て喜んだ黒い心があったから。
「狡いのは私です……お姉ちゃんがいなくなって、私は心の中で凄く喜んでた。私が蒼一さんと結婚できるんだって、その喜びでいっぱいだった。きっと心のどこかで、お姉ちゃんを羨んでたんです。
蒼一さんは狡くないし幻滅もしません。あなたの結婚相手に立候補したのは私です、そこに強要も何も存在しませんでした」
「咲良ちゃん」
「私なんです、ずっと好きだったのは、私の方なんです……!」
ポロポロと涙が流れた。再確認した想いが、涙となって溢れたのかもしれない。
好きになってはいけない人をずっと好きで、何度も諦めようとした。それでも捨てきれなかった想い。
苦手な料理を頑張りたいと思ったのも、家にいるだけで緊張してしまうのも、こんなに胸が苦しいのも、全ては蒼一さんが好きだったから。その答え以外何ものでもない。
私が想いを叫んだ直後、ハンドルを握っていた彼の手が私の体を引き寄せた。そしてゆらりと体を揺らした瞬間、唇が重なり合う。驚きで何も動けなくなってしまった私は、ただ身を委ねるように瞼を閉じた。
今起こっていることが現実とは思えない。頭が熱く、全身がふわふわ浮いているかのように浮遊感に襲われる。柔らかでどこか懐かしい香りがした。それがあんまりに心地よくて、ありふれた言い方だけれど時が止まればいいのにと思った。
ふいに彼の顔が離れる。私の頬に流れた涙を、そっと両手で拭き取った。すぐにまた彼がキスを降らせた。頬に感じる蒼一さんの手のひらは驚くほど熱い。
あなたに触れてもらうのが夢だった。きっと一生叶わないんだと思っていた。
信じられなかった彼からの告白は、そのたった一度のキスで私の心に嘘じゃないんだと教えてくれた。こんな私を見ていてくれたんだということが、私の生まれてきた意味のように思えた。
ゆっくり蒼一さんの体温が離れる。両手は私の頬を包んだまま、彼は至近距離で言った。
「涙、止まったね」
「……はい、でも、しん、心臓が口から出そうです」
「それは僕も」
そう小さく笑った彼は、三度目のキスを私に贈った。