片想い婚




 少しして蒼一さんが離れ、沈黙が流れる。私は今更恥ずかしさが襲ってきて視線を下げた。顔が真っ赤になっている自覚はあった。今が夜でよかったと思う、こんな締まりのない顔見られたくなかった。

 こんな時どうしていいのかわからないくらい、私は恋愛経験が不足している。どんなことをいえばいいのか、どう振る舞えばいいのかもわからない。

 私の困っている様子に気がついたのか。蒼一さんは気を逸らすように突然聞いた。

「ケーキ」

「え?」

 彼は少し視線を泳がせて続ける。

「僕の誕生日。ケーキ焼いてくれたの?」

「なんで知ってるんですか?」

 目を丸くして聞き返した。ゴミとして捨ててしまったホールケーキ。蒼一さんには見つかっていないはずなのに。

 私の返事に、彼は深くため息をついた。そして手で顔を覆いながら言う。

「誕生日より前に山下さんに会って……ケーキ焼く練習してるって聞いてたんだ。でも当日無かった。だからてっきり、他の好きな人に渡すために練習してたのかとおもって」

「まさか!」

「それよりも前、初めて一緒に寝る時もガチガチになってたのを見て、嫌なんだなって。他に好きな人がいるんだって思って、咲良ちゃんに触れなかった」

「あれは嫌だったわけじゃないです!」

 私は慌てて否定した。まさか、そんなふうに思われていたなんて。好きな人がいますと断言したのがよくなかったのだろうか。あの夜は、ただただ緊張していただけだ。

「その、蒼一さんと結婚したこと自体信じられなかったっていうか、怒涛の展開についていけてなくて。緊張でこわばってただけです。決して嫌なんかじゃなかった」

 そう答えた後、自分も思っていたことをおずおずと尋ねてみた。

「私はその、蒼一さんはお姉ちゃんが好きなんだとずっと思ってて」

「え?」

「いなくなって引きずってるのかなって。新田さんはお姉ちゃんと似たタイプだったし、お似合いだったから……私はそんな対象に見えてると思われてなかったんです」

 小さくなって言うと、彼は黙ってハンドルに突っ伏し顔を隠した。ボソリと小声で言う。

「……綾乃は親友って感じだったから。いや、言い訳はよくないな。第三者からは状況的にそう見えるのはしょうがない、ちゃんと言わなかった僕のせいだ。ごめん」

「い、いえ私が勝手に思い込んでただけで」

「ケーキは?」

 蒼一さんがやけに低い声で聞いてきた。その顔を見ると、どこか怒っているとさえ思えるような顔。私は正直に答えた。

「あの、蒼一さんに電話かけたんです。ゆっくり食事してきていいですよって伝えたくて……そしたらその、新田さんが出て。『誕生日ぐらい二人で食事に行こうと蒼一さんから誘われた』って、聞いて。美味しいケーキも食べるって言ってたから、作った物はゴミ箱に……」

 私の答えに、彼は大きく上を仰いだ。はあと深いため息も聞こえてくる。そんな様子が気になって、私は隣を見つめた。


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