片想い婚
だがそれは想定内だった。自分の母親の性格をわかっていない子供なんていない。小さくため息をつく。やはり、ダメか。
私は心を決めた。迷いなく告げる。
「もういい」
「え?」
「どうしても咲良を天海家の嫁と認めたくないっていうならそれでいいです。いつまでも二人で結託しててください。僕が一番守りたいのは咲良です、あなた方のことなんてどうでもいい」
私は繋いでいる咲良の手をなお強く握った。しっかりと母の目を見据える。
こんな人でも、幼い頃は優しいお母さん、だったのにな。間違いなく、私を育ててくれた人だった。
「僕はもう天海の名はいりません」
「……は」
母がぽかんと口を開ける。無言で咲良がこちらを見上げた。それと同時に、私の手を握り返してくれた。
目をまん丸にしてこちらを見てくる母の視線から逃げることなく答えた。背後で、新田茉莉子も戸惑っているのを感じる。私はさらに続けた。
「会社は継ぎません。あなた方にも二度と会いません。仕事もやめて、自力で転職します。……咲良ちゃんには苦労かけることもあるかもしれないけど、もう決めた」
私はゆっくり隣を見た。心配そうに、それでも決意を固くした彼女の顔が目に入る。
継ぐはずだった家の会社を捨てて、普通の社員になれば、思っていた生活とは違ったものになるかもしれない。やりたかった仕事に就けるとも限らない。経済面だって。それでも、咲良を苦しませる因子がそばにあるのにこのままでいるわけにはいかなかった。
全部捨ててやる。全部いらない。
何もかもゼロにして、咲良と穏やかに暮らしたかった。このままでは、私の目が届かないところで敵が何をしてくるか分からない。この人たちが知らない場所でやり直したい。
本当ならこんな結末は望んでいなかった。そりゃ自分を育ててくれた親に祝福されながら生活を送りたかった。それが一番幸せな道だった。
それでも、この人を見ているにそれは無理だと思い知った。残念だ、母の心にある分厚い雲は結局晴れることはない、残念ながら綺麗さっぱりハッピーエンドとはいかないということ。
だったら仕方ない。咲良と二人で困難でも私たちの道を進んでいく。
母が慌てたように立ち上がる。
「な、何を言ってるの? あなたがいなくなったらうちがどうなると思ってるの?」
「知りませんよ。二人で跡継ぎでも探したらどうですか」
「甘いわ、蒼一。今から他の仕事を探す? あなたは恵まれているのよ。絶対に苦労するし後悔するわ。咲良さん、あなたもそれでいいの? 今までのような生活とはいきませんよ!」
焦ったように母は咲良に問いかけた。私が答えようとした時、隣から凛とした声が聞こえた。堂々と前を向いた咲良が言う。
「私も働きます」
強い口調だった。私はじっと隣の咲良を見つめる。母も、咲良の様子に唖然とする。
「……何を」
「蒼一さんは私の初恋の人です。一緒にいれるなら喜んでどんな道でも歩みます」
その横顔を眺めながら、自然と自分の頬がゆるんでしまった。
困ったな、私よりカッコいい。
狼狽える母を無視して、私は咲良の手を引いて出口に向かった。決まったのならもうここに長居する必要はない。すぐに荷物をまとめてどこかへ行こう。背後で私の名前を呼ぶ叫び声が聞こえるが無視する。
もし万が一、今更「じゃあ認めるわ」なんて言ったとしても、信じられるわけがない。私たちの決意を覆す気はなかった。どうせ裏で何かやってくるに違いないんだ。
私は心を決めた。迷いなく告げる。
「もういい」
「え?」
「どうしても咲良を天海家の嫁と認めたくないっていうならそれでいいです。いつまでも二人で結託しててください。僕が一番守りたいのは咲良です、あなた方のことなんてどうでもいい」
私は繋いでいる咲良の手をなお強く握った。しっかりと母の目を見据える。
こんな人でも、幼い頃は優しいお母さん、だったのにな。間違いなく、私を育ててくれた人だった。
「僕はもう天海の名はいりません」
「……は」
母がぽかんと口を開ける。無言で咲良がこちらを見上げた。それと同時に、私の手を握り返してくれた。
目をまん丸にしてこちらを見てくる母の視線から逃げることなく答えた。背後で、新田茉莉子も戸惑っているのを感じる。私はさらに続けた。
「会社は継ぎません。あなた方にも二度と会いません。仕事もやめて、自力で転職します。……咲良ちゃんには苦労かけることもあるかもしれないけど、もう決めた」
私はゆっくり隣を見た。心配そうに、それでも決意を固くした彼女の顔が目に入る。
継ぐはずだった家の会社を捨てて、普通の社員になれば、思っていた生活とは違ったものになるかもしれない。やりたかった仕事に就けるとも限らない。経済面だって。それでも、咲良を苦しませる因子がそばにあるのにこのままでいるわけにはいかなかった。
全部捨ててやる。全部いらない。
何もかもゼロにして、咲良と穏やかに暮らしたかった。このままでは、私の目が届かないところで敵が何をしてくるか分からない。この人たちが知らない場所でやり直したい。
本当ならこんな結末は望んでいなかった。そりゃ自分を育ててくれた親に祝福されながら生活を送りたかった。それが一番幸せな道だった。
それでも、この人を見ているにそれは無理だと思い知った。残念だ、母の心にある分厚い雲は結局晴れることはない、残念ながら綺麗さっぱりハッピーエンドとはいかないということ。
だったら仕方ない。咲良と二人で困難でも私たちの道を進んでいく。
母が慌てたように立ち上がる。
「な、何を言ってるの? あなたがいなくなったらうちがどうなると思ってるの?」
「知りませんよ。二人で跡継ぎでも探したらどうですか」
「甘いわ、蒼一。今から他の仕事を探す? あなたは恵まれているのよ。絶対に苦労するし後悔するわ。咲良さん、あなたもそれでいいの? 今までのような生活とはいきませんよ!」
焦ったように母は咲良に問いかけた。私が答えようとした時、隣から凛とした声が聞こえた。堂々と前を向いた咲良が言う。
「私も働きます」
強い口調だった。私はじっと隣の咲良を見つめる。母も、咲良の様子に唖然とする。
「……何を」
「蒼一さんは私の初恋の人です。一緒にいれるなら喜んでどんな道でも歩みます」
その横顔を眺めながら、自然と自分の頬がゆるんでしまった。
困ったな、私よりカッコいい。
狼狽える母を無視して、私は咲良の手を引いて出口に向かった。決まったのならもうここに長居する必要はない。すぐに荷物をまとめてどこかへ行こう。背後で私の名前を呼ぶ叫び声が聞こえるが無視する。
もし万が一、今更「じゃあ認めるわ」なんて言ったとしても、信じられるわけがない。私たちの決意を覆す気はなかった。どうせ裏で何かやってくるに違いないんだ。