片想い婚
隣でキョトンとしている咲良に、早口でそれを説明した。しかし、咲良のおかげ、という点は私もまだ理解が追いついていない。
父は穏やかな表情で咲良を見、説明した。
「咲良さん。以前うちの創立記念パーティーで、車椅子のご老人と話したのを覚えてますか?」
「え? ああ、はい。少しだけですが、確かにお話しました」
私も思い出す。確か挨拶回りの途中で、咲良は車椅子の老人の存在に気づき自ら近づいた。ビュフェ式だった食事を老人のために運び、談笑していたのだ。母はそれをよく思っていないようだったが。
父は頭を掻いて言う。
「あの方ね。さっき言った取引先の会長だったんだよ」
「ええ!?」
声を上げたのは咲良だけではなく私と母もだった。見覚えのない老人だと思っていた。結局挨拶する前にいつのまにかいなくなってしまったので誰だったか知らずじまいだったのだ。
私は首を傾げて父に言った。
「あの会社の会長、って。名前だけは存じてますが、もう現役からはだいぶ遠ざかっているとか」
「そうなんだよ。かなり前に病に倒れて、そこからは経営は子に託し現役からは退いていた。長く闘病生活を送られて、今は完治しているらしい。その間にだいぶ風貌も変わってしまったみたいでね。私もあの日気付けなかった。
だが彼はそれを利用して、面白半分で自分の会社と関わりのある相手のパーティーとかに参加してたらしいんだよ。多分様子見がしたかったんだろうな。
会長だと名乗らなければ大概の人間は軽く挨拶して終わりだったみたいで、あんなふうに料理を運んだりしてくれた未来の社長夫人がかなり新鮮だったようだよ」
私たちは無言で咲良に注目した。当の本人は、視線を集めたことが恥ずかしかったのか困ったように狼狽えている。父はそんな咲良を目を細めて見ながら続けた。
「もちろんうちの会社のプレゼンも気に入っていたみたいだけどね。プレゼンの内容も踏まえ、咲良さんの言動が決め手になりうちでよろしく頼みたいと返事が来た」
「私は特に何も……。お仕事を頑張った方々のおかげだと思います」
「いいや、会長はとても喜んでいたようだよ。権力のない者にも気が配れる人間が上にいる会社は伸びる、と断言されたようだ」
私は感嘆のためいきを漏らした。普段から優しさで溢れる彼女の行為が、こんな形となって返ってきた。喜びと感激で胸が震える。
父は再度母に向かって言った。
「咲良さんが蒼一をフォローするには弱いって? 彼女のおかげでこうなったんだぞ。なんか他に言いたいことはあるか?」
母は流石に口をつぐんだ。もう言い返す言葉なんてないはずだ、だが顔は悔しさでいっぱいに見える。まあ今更肯定の言葉など出てこないのだろう。
父は穏やかな表情で咲良を見、説明した。
「咲良さん。以前うちの創立記念パーティーで、車椅子のご老人と話したのを覚えてますか?」
「え? ああ、はい。少しだけですが、確かにお話しました」
私も思い出す。確か挨拶回りの途中で、咲良は車椅子の老人の存在に気づき自ら近づいた。ビュフェ式だった食事を老人のために運び、談笑していたのだ。母はそれをよく思っていないようだったが。
父は頭を掻いて言う。
「あの方ね。さっき言った取引先の会長だったんだよ」
「ええ!?」
声を上げたのは咲良だけではなく私と母もだった。見覚えのない老人だと思っていた。結局挨拶する前にいつのまにかいなくなってしまったので誰だったか知らずじまいだったのだ。
私は首を傾げて父に言った。
「あの会社の会長、って。名前だけは存じてますが、もう現役からはだいぶ遠ざかっているとか」
「そうなんだよ。かなり前に病に倒れて、そこからは経営は子に託し現役からは退いていた。長く闘病生活を送られて、今は完治しているらしい。その間にだいぶ風貌も変わってしまったみたいでね。私もあの日気付けなかった。
だが彼はそれを利用して、面白半分で自分の会社と関わりのある相手のパーティーとかに参加してたらしいんだよ。多分様子見がしたかったんだろうな。
会長だと名乗らなければ大概の人間は軽く挨拶して終わりだったみたいで、あんなふうに料理を運んだりしてくれた未来の社長夫人がかなり新鮮だったようだよ」
私たちは無言で咲良に注目した。当の本人は、視線を集めたことが恥ずかしかったのか困ったように狼狽えている。父はそんな咲良を目を細めて見ながら続けた。
「もちろんうちの会社のプレゼンも気に入っていたみたいだけどね。プレゼンの内容も踏まえ、咲良さんの言動が決め手になりうちでよろしく頼みたいと返事が来た」
「私は特に何も……。お仕事を頑張った方々のおかげだと思います」
「いいや、会長はとても喜んでいたようだよ。権力のない者にも気が配れる人間が上にいる会社は伸びる、と断言されたようだ」
私は感嘆のためいきを漏らした。普段から優しさで溢れる彼女の行為が、こんな形となって返ってきた。喜びと感激で胸が震える。
父は再度母に向かって言った。
「咲良さんが蒼一をフォローするには弱いって? 彼女のおかげでこうなったんだぞ。なんか他に言いたいことはあるか?」
母は流石に口をつぐんだ。もう言い返す言葉なんてないはずだ、だが顔は悔しさでいっぱいに見える。まあ今更肯定の言葉など出てこないのだろう。