片想い婚
目が覚めた時、やけに頭がスッキリしていた。あ、寝坊したかも。覚醒して一番最初に思ったのはそれだった。
だがほぼ同時に、間近に白い肌が見えてギョッとした。蒼一さんは面白そうに笑って私を見ていたのだ。
「そ、蒼一さん!」
「おはよ。よく眠れた?」
慌てて起きあがろうとした私の腕を引っ張り、彼は再びベッドに寝かせた。私は恥ずかしさで顔を熱くしながら非難する。
「起きてたなら起こしてください、もしかして寝顔見てたんですか!」
「うん、せっかくだからしっかり観察しといた」
「もー! やめてください、絶対不細工な顔してたし」
「可愛かったよ。よだれ垂れてたのがとくに」
「前もそんなこと言っ……うわ、ほんとだ」
口の端を触ってみたら本当に濡れてたので慌てて拭いた。そんな私をみながら彼は声を上げて笑う。私は軽く睨んで見せた。いっつも蒼一さんばかり余裕なんだから。
「今度は絶対私が先に起きて蒼一さんの寝顔観察しまくります」
「はは、恨まれた。ずっと見てたわけじゃないよ、ちょっと僕の方が早く起きただけ。起こそうかなーと思ってたら咲良ちゃんが起きたから」
目を細めながら私を見てくる。たったそれだけの光景に、つい胸が苦しくなった。
初めの頃一緒に寝てた時はお互い背中を向けて、いつもどっちかが先に起きていた。こうしてお互いの顔をみながらふざけるなんて、一度もしたことがなかったのに。
でもやっぱり……よだれは恥ずかしいな……。
蒼一さんは大きく伸びをしながら言った。
「ゆっくりしてから不動産屋行こうか。引っ越しの準備もすぐにしよう」
「本気なんですね、昨日言ってたこと」
「うん。早い方がいい」
引っ越し、か。まだそんなに長い時間暮らしたわけでもないけど、お別れするのはなんだか寂しい。でも新しい場所で一からやり直すのもいいかもしれない、とも思う。
きっとどんな場所でも楽しい日々になれるはずだと確信している。
「新しいとこなんか希望ある? ここは譲れない、とか」
「ええ、何でしょう……蒼一さんが出勤しやすいとこがいいんじゃないですか?」
「僕のことじゃなくて咲良ちゃんのことで考えてよ」
呆れたように、でも笑いながら言う。私はううんと唸りながら考え、そんなにこだわりなんてないんだけどなあ、と思う。あ、でも……
「コンロは二つほしいです」