片想い婚
「はは! まさかそんなところから言われると思わなかった。
 そういえば、ここ最近の料理もずっと咲良ちゃんが作ってたんだって? 山下さんから聞いた」

 嬉しそうに言った蒼一さんに、そういえば教えるタイミングを逃していたことを思い出す。驚かしてやろうと思って黙っていたけど、彼のそんな顔は見ることは出来なかったな。私は小さく頷いた。

「山下さんに教わって」

「すごいね、全然気づかなかった。たった三ヶ月で山下さんの味マスターだ」

「とんでもないですよ、山下さんの教え方が凄く上手だったからです。それにいまだに失敗するんですよ、鍋吹きこぼして掃除するのが億劫なんです」

 蒼一さんの笑い声が寝室に響いた。釣られて私も笑みをこぼす。たわいない会話だが、昨日までとは全然違うと思えた。幸福な時間を噛み締めていると、蒼一さんの笑い声が収まる。ぼうっとどこかを見つめ、長いまつ毛が揺れる。何か考えるようにしたあと、彼は私を見て言った。

「それともう一つ提案なんだ。昨日の夜思ったんだけど」

「はい、何かありましたか?」

「結婚式、しない?」

 思ってもみない言葉に目をまん丸にした。結婚式、とは? 私たちはとっくに済んでいるものなのだが。

 彼はそっと手を伸ばして私の毛先を触る。それを遊ぶようにして話した。

「確かに挙げたけど……あれは咲良ちゃんが選んだ式場でもないし、ドレスも装飾も全部人が決めたものだったでしょ。その日突然新婦にさせられて、一生に一度しかない結婚式があれじゃなって気づいて。遅いよって感じだけど。
 流石にあんなふうに招待客よんで大々的には出来ないけどさ、親しい人だけ呼ぶとかしてやればどうかなって」

 言われてみればそうだった。元々は蒼一さんとお姉ちゃんの式だったから、私は段取りすらよくわからずされるがまま一日終えただけ。緊張もすごくて、ほぼ記憶もないぐらいだ。

 別にそれを不満に思ったことなんてなかった。でも結婚式に憧れというものは女として持っていたし、何より蒼一さんが提案してくれたことが何より嬉しく感じる。でも二回も結婚式なんて、どうなんだろう。

「ありがとうございます……でも迷っちゃいます」

「考えておいて。何も遠慮はいらないから、咲良ちゃんの気持ちでやりたいかどうか」

 そう言った蒼一さんは再度大きく伸びをした。そろそろ起きようか、と提案を受ける。私も賛成しようやく二人でベッドから離れた。重い腰を上げる。

 朝の支度をしながら、ぼんやり先ほどの提案を考える。引っ越しはともかく、結婚式だなんて。そんなことまるで考えたことなかったから驚きでいっぱいだ。

 そりゃ、あの時の式はほぼ記憶もないしもう一回やれたら嬉しいけど。ううん、お金はもちろんかかるし、招待客とかどうしようって思ったり……。

 着替えなど一通りの身支度が済んだところで、家のインターホンが鳴り響いた。蒼一さんは私と入れ替わり歯を磨いているところだったので、自分が慌てて対応する。


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