片想い婚
私にできることはやって、彼と楽しく過ごしていけたなら。そしてもしかしたらいつかは本当の夫婦になれたら———そんな希望を、かすかに抱いている。
蓮也は黙ったまま何も言わなかった。
しばらく沈黙を流したあと、彼は顔を背けるようにして小さく呟く。
「でも、俺は……」
「心配してくれてありがとう。ちゃんと友達にもみんな説明するつもりだったんだけど、まだバタバタしてるから。落ち着いたらみんなにも言う。蓮也、ありがとう」
「…………」
蓮也は何も返さなかった。その黒い瞳を少し揺らして戸惑っている様子が伝わってきたが、それでも私の決意に黙り込んでいた。
「ごめんね、ちょっと買い物に行こうと思ってて。会えてよかった、ちゃんと連絡も返すからね」
私はそう言ってその場から立ち去ろうと彼に手をふった。数歩進んだところで、蓮也が私の名前を呼ぶ。振り返ると、どこか悲しそうな顔で彼は言った。
「辛いことあったら……いつでも話聞くから、無理すんな」
「ふふ、優しいなあ。ありがとね」
私は笑い返すと、今度こそその場から離れていった。
そうだ、そうだよね。
蒼一さんはお姉ちゃんが好きなんだから、すぐに私を奥さんとして受け入れることなんてできないよ。
すごく寂しいけど、蒼一さんらしい。
私はこの生活を頑張ろう。妻としてじゃなくて、同居人として。
できることは頑張って、少しでも蒼一さんの支えになれるように。
帰宅すると、少しして家のインターホンが鳴った。のぞいてみると、エプロンをつけた中年の女性が立っていた。私も見覚えのあるその人は、朝蒼一さんが言っていた家政婦の人だとわかった。
お姉ちゃんと一緒に蒼一さんの家に遊びに行った時何度も会っている。優しくて気のいいおばちゃんって感じの人で、とても話しやすい人だ。昔から天海家の家政婦として通っている。
私は急いでドアを開けた。私の顔を見て、その人はにっこり笑った。丸い顔でショートカット、笑うと目がなくなるその顔は人懐こくて安心感がある。
「こんにちは! 蒼一さんから聞いてやってきました、山下といいます!」
「こ、こんにちは、藤田咲良です」
「あははは、やですねえ。もう天海でしょうー!」
大きな口を開けて笑う山下さんに、私も釣られて笑った。彼女は両手にビニール袋を持っている。そして中へと入って靴を脱いだ。
「蒼一さんから夕飯を作るようにって言われてきたんですよ」
「はい、伺っています。その、すみませんお手数をお掛けして」
「いいえー! 私の仕事ですもの。それに、あんな小さかったお二人が結婚してるなんてなんか嬉しくて」
山下さんはふふっと肩をすくめて笑った。私は苦笑する。
「あは、本当はお姉ちゃんのはずでしたけど……」
「大変だったようですね。咲良さんは大丈夫? 困ってることあったら私に言ってくれていいんですよ。まあ、あっちには行きにくいと思いますが……」
やや言葉を濁らせた山下さんが何を言いたいのかわかった。本邸の方には蒼一さんのご両親がいる。家政婦の山下さんでさえ、私に対する冷めた目を理解しているのだ。
少し返答に困っていると、山下さんが思い付いた、というように顔を明るくした。
「あとで私の携帯の番号を書いておきますから! ね、困ったこととかはなんでも電話して。そうしましょう!」
優しい気遣いに頭を下げた。蒼一さんが山下さんを呼ぶようにしたのも、彼女のこういう性格を理解しているからかもしれないと思った。
「よろしくお願いします」
「さあじゃあ夕飯をさっと作っちゃいましょうかね」
両手に荷物を持ったままさっさとキッチンへ歩いていく山下さんの背中を慌てて追いかけながら、私は彼女に言った。
「あの山下さん」
「はい?」
「その、恥ずかしながら私あんまり料理とか得意じゃなくて」
「まだお若いですから」
「教えていただけませんか、蒼一さんの好きな料理」
蓮也は黙ったまま何も言わなかった。
しばらく沈黙を流したあと、彼は顔を背けるようにして小さく呟く。
「でも、俺は……」
「心配してくれてありがとう。ちゃんと友達にもみんな説明するつもりだったんだけど、まだバタバタしてるから。落ち着いたらみんなにも言う。蓮也、ありがとう」
「…………」
蓮也は何も返さなかった。その黒い瞳を少し揺らして戸惑っている様子が伝わってきたが、それでも私の決意に黙り込んでいた。
「ごめんね、ちょっと買い物に行こうと思ってて。会えてよかった、ちゃんと連絡も返すからね」
私はそう言ってその場から立ち去ろうと彼に手をふった。数歩進んだところで、蓮也が私の名前を呼ぶ。振り返ると、どこか悲しそうな顔で彼は言った。
「辛いことあったら……いつでも話聞くから、無理すんな」
「ふふ、優しいなあ。ありがとね」
私は笑い返すと、今度こそその場から離れていった。
そうだ、そうだよね。
蒼一さんはお姉ちゃんが好きなんだから、すぐに私を奥さんとして受け入れることなんてできないよ。
すごく寂しいけど、蒼一さんらしい。
私はこの生活を頑張ろう。妻としてじゃなくて、同居人として。
できることは頑張って、少しでも蒼一さんの支えになれるように。
帰宅すると、少しして家のインターホンが鳴った。のぞいてみると、エプロンをつけた中年の女性が立っていた。私も見覚えのあるその人は、朝蒼一さんが言っていた家政婦の人だとわかった。
お姉ちゃんと一緒に蒼一さんの家に遊びに行った時何度も会っている。優しくて気のいいおばちゃんって感じの人で、とても話しやすい人だ。昔から天海家の家政婦として通っている。
私は急いでドアを開けた。私の顔を見て、その人はにっこり笑った。丸い顔でショートカット、笑うと目がなくなるその顔は人懐こくて安心感がある。
「こんにちは! 蒼一さんから聞いてやってきました、山下といいます!」
「こ、こんにちは、藤田咲良です」
「あははは、やですねえ。もう天海でしょうー!」
大きな口を開けて笑う山下さんに、私も釣られて笑った。彼女は両手にビニール袋を持っている。そして中へと入って靴を脱いだ。
「蒼一さんから夕飯を作るようにって言われてきたんですよ」
「はい、伺っています。その、すみませんお手数をお掛けして」
「いいえー! 私の仕事ですもの。それに、あんな小さかったお二人が結婚してるなんてなんか嬉しくて」
山下さんはふふっと肩をすくめて笑った。私は苦笑する。
「あは、本当はお姉ちゃんのはずでしたけど……」
「大変だったようですね。咲良さんは大丈夫? 困ってることあったら私に言ってくれていいんですよ。まあ、あっちには行きにくいと思いますが……」
やや言葉を濁らせた山下さんが何を言いたいのかわかった。本邸の方には蒼一さんのご両親がいる。家政婦の山下さんでさえ、私に対する冷めた目を理解しているのだ。
少し返答に困っていると、山下さんが思い付いた、というように顔を明るくした。
「あとで私の携帯の番号を書いておきますから! ね、困ったこととかはなんでも電話して。そうしましょう!」
優しい気遣いに頭を下げた。蒼一さんが山下さんを呼ぶようにしたのも、彼女のこういう性格を理解しているからかもしれないと思った。
「よろしくお願いします」
「さあじゃあ夕飯をさっと作っちゃいましょうかね」
両手に荷物を持ったままさっさとキッチンへ歩いていく山下さんの背中を慌てて追いかけながら、私は彼女に言った。
「あの山下さん」
「はい?」
「その、恥ずかしながら私あんまり料理とか得意じゃなくて」
「まだお若いですから」
「教えていただけませんか、蒼一さんの好きな料理」